「祐一っ、海行くわよっ!」
「………ふぁ?」
無性に泳ぎたくなることあるよね?……例えそれが春でも。
「あ〜…真琴?今の季節、分かってるか?」
「春。ついでに言うと4月27日で、学校は一学期の初め」
こいつ何言ってるの?的な表情で返す真琴。
祐一はそれに頭痛を覚えたのか、こめかみを指で押さえる。
無論、まだ4月の終わりで、風も冷たい。
そんな中で海で泳ぐなど、自殺行為じゃなかろうか?
寒中水泳というのもあるが、祐一自身はやろうとは思わない。
「…そうか。それじゃ、行ってらっしゃい」
「うんっ!……じゃなくて。祐一も行くのよぅ」
「なんだってぇ!?」
「…マ○オさん?」
何故わかる、と思ったが口には出さない。
それよりも、祐一はため息を吐きながら真琴を横目で見る。
「あのなぁ…こんな寒い時期に海に行けるわけないだろ?むしろ行かん」
「な、なんでよっ!あ、祐一…もしかしてかなうっ!?」
言い切る前に拳骨をもらう真琴。
わりと痛かったのか、殴られた場所を押さえうずくまる。
「失礼な。中学の頃は危うく引き抜かれるかと思うほど運動に関しては出来たんだぞ」
「あぅ…じゃあ何部だったのよ」
「帰宅部」
自信満々に言い切る祐一。
もっとも、真琴の白い眼差しが軽減されるわけではないが。
「と、とにかくっ!真琴は今無性に泳ぎたい気分なのよっ!」
「んなモンに俺を巻き込むなっ!だいたい、この時期に泳げる場所なん――」
「ありますよ?」
「――あ、秋子さん…」
いつから居たのか、水瀬家の家主である秋子が祐一の後ろに。
後に真琴から聞くと、『なんだってぇ!?』辺りから既に居たとか。
……恐るべし。
「……でも秋子さん。まだ肌寒いこの季節、海で泳ごうなんてまず思いませんよ?」
「あらあら。祐一さん、真琴の話はちゃんと聞いてあげてくださいね」
「いえ、ですから聞いたうえで――」
「真琴は『泳ぎたい』のであって、『海に行きたい』わけじゃないでしょ?」
「うんっ」
秋子の言葉に、真琴は頷く。
しかし、祐一は話の意図がまだ理解出来ていない。
そんな甥を見て、秋子は微笑む。
「それじゃ、久しぶりに行きましょうか。あ、もちろん祐一さんもですよ?」
何処に、とは祐一も真琴も訊かない。
この人に任せたら、本当に何とかなってしまうのだ。
「なるほど、こういう事ですか」
「はい。ここなら季節関係なく、好きな時に泳げますから」
無邪気に泳ぐ真琴を見ながら呟く。
秋子も真琴を見守りながらも、笑顔で答える。
家を出てから駅前までは約30分弱。
そして、その駅前にあったのは――。
「まさか、駅前に温水プールがあったとは…」
「流石にこっちの地方で寒中水泳する無謀な人はそう居ませんからね。
けど、真琴見たいにプール開きより前に泳ぎたくなる人もいるでしょうから、市長の案で建てられたんですよ」
はー、と関心半分呆れ半分といった感じの祐一。
その隣にいる秋子は、微笑ましそうに真琴と祐一を交互に見る。
辺りに人は疎らで、二組の家族連れが居るくらいだ。
その中でも、一際目立つのが祐一の隣でプールサイドに座る秋子。
髪はいつもと同じ三つ編みで、着ている水着はオレンジのパレオ。
白い大きな花柄で一見派手そうだが、秋子が着るとこうも落ち着くのかといった感じ。
着る人によって衣服の印象は変わるが、大人しそうな秋子の外見にオレンジのパレオは祐一的にはなかなか合っている。
更衣室から出てきた秋子に一瞬見とれてしまったのは秘密だ。
「それより…祐一さんは泳がないんですか?」
「あー…今はまぁ、元気そうな真琴を眺めるだけで」
「それじゃあ来た意味がないような……それじゃあ祐一さん、競争でもしますか?」
「きょ、競争?」
突然の提案に戸惑う祐一。
対する秋子は、悪戯好きな笑みを浮かべる。
「縦100メートル、横50メートルの大きなプール。…競泳用も別にありますけど、ここでいいですね。
コースは端を使わせてもらって…先に往復した方、200メートル先に泳いだほうの勝ち、というのはどうでしょう?」
「あぁ…面白そうですね。何なら、何か賭けます?」
「あらあら。それでは…今度の日曜、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く、というのはどうでしょう?」
「いいですよ。ただ、命令は常識の範囲内で」
「了承」
言うと、秋子はプールの中に入って体を解し始める。
準備運動はプールサイドでやるんじゃ…と思いながらも、祐一も準備運動。
二人とも終わったのか、スタート位置へと着く。
「おーい、真琴ー。ちょっと審判してくれー」
「あぅ?うん、分かった」
少し離れたところにいた真琴を呼び、事情を話して審判に着ける。
準備は整い、祐一もプールサイドに立つ。
普通のプールは立つ所が分かるよう段差になっているが、競泳用ではないのでここにはない。
「それじゃあ――位置に着いて!よーい…」
真琴の合図に合わせ、二人はいつでも跳び込めるよう身を屈める。
一瞬だけ視線を合わせるが、二人ともその目は真剣。
二人とも、勝負事では手加減しないタイプらしい。
「――ドン!」
二人は同時に跳び込む。
帰り際、たまにはこんなのもいいなと思う祐一だった。
「う〜…みんなひどいよ」
「だ、だから悪かったって」
「あ、あぅ〜」
「あらあら」
先に家に帰っていた名雪に、三人とも恨みがましい視線を向けられたのはご愛敬。
悪いと思いつつも、またみんなで行くかー、と考えている者も。
次に行く時には、何人増えることやら。
Fin
― あとがけっ!(ぉ ―
どうも、零華でございますです。
新連載SS、いつになったら出来るのかなと思いつつもまた短編。
…すいません、すいません。(ぉ
この短編自体は、だいぶ前(今年の5月初めかな?)に書き終わってました。
ネタが浮かばない時の現実逃避として書いていたのですが、
短編としては珍しく、ほんっっっとうに珍しく没にしなかった作品です、ハイ。
短編書いてる暇あればネタ考えろとか思う自分も居るには居るんですけどね。
ちなみにこの短編のタイトル、初めはなかったです。
投稿しようと思った時、たまたま『ハヤテのごとく!』を読んでいまして。
…ええ、その影響でございます。我ながら何をやっているんだと。
と、あまり長々と書いてもしょうがないのでこの辺りで。
早く新連載SS書けるといいなっ!…わりと切実に。