〜北と南と書いて北都南と読む〜

 

 

「……」

 

昼休み。雄二とお昼を食べて帰ってくると、小牧が机の上に例の生徒手帳を広げて何やら悩んでいた。

 

「小牧。どうしたんだ?」

「……」

「反応ねぇな。いいんちょ」

 

それを不思議に思った俺は声をかける。

しかし、それに気付いていてわざとなのか、気付かないほど集中しているのか、小牧は一言も発せずに考え事を続けている―――前者だったらかなりヘコむのだが。

 

「小牧?」

「へっ……あ、あ、こ、河野君に向坂君?! ご、ごめんなさい、少し考え事してて」

「ふーん、小牧でも考える事ってあるんだな」

「もー、そんなことないですよぉ、あたしだって考え事ぐらいします」

 

俺がからかうと、垂れ目が更に垂れてニコニコ笑いながら拗ねる小牧。

言ってしまってしまったと思ったのだが、どうやらこれくらいの冗談なら寒さ厳しい極北に飛ばされることはないらしいのでホッとする。

 

「そうだぜ、幾らいつもぽけぽけしてる天然いいんちょでも考え事位するって、貴明」

「そうですよねぇ……ところで向坂君?」

 

ニコニコ笑顔を絶やさずに雄二に話しかける小牧。

しかし、その笑顔から滲み出る負のオーラに、ついつい

 

『雄二――!! 後ろ! 後ろ!』

 

某全員集合みたいに叫びたいのだが、叫んだらなんかとばっちり喰らいそうなので止めておく事にする。

許せ雄二。誰だって自分が可愛いの。だから俺も自分が可愛いの。

 

 

「あ、なんだ。いいんちょ? もしかしてデートの誘いと―――」

やだなぁ、その歳でボケちゃいました?

それとも耳が遠く? 老衰にはまだ早いですよぉ

 

雄二の言葉が終わるよりも早く、笑顔でそう切り返す小牧。

あ、なんか雄二が膝をついてる。相当ダメージを受けたんだな。

 

「じゃ、じゃあ、なんだよ?」

「えっと、『北』と『南』。どっちがお好きですか?

 

 

 

数日後、この質問に『南』と答えた雄二はアフリカのキリマンジャロの山腹にある姉妹校との交換留学生に『なんかキリマンジャロ顔だから』とか『ご両親も乗り気』とかいう理由で出されたらしい。

そんな時、ふと脳裏に思い浮かんだのは、雄二の後ろで負のオーラを撒き散らしてる小牧の笑顔。

 

も、もしかして……な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い愛佳さん略して黒マナ3 〜3rdぶれいかぁ〜

〜ToHeart2 ショートショート〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜手帳@〜

 

「そういや小牧は何に悩んでたんだ?」

「へ? や、見ないでくださいっ!」

 

急に慌てふためいて生徒手帳を隠す小牧。

 

「そんな必死に隠さなくても……」

「せ、生徒手帳は女の子の内臓も同然なんですから」

「そ、そうか……?」

 

顔を赤くして言う小牧。

内臓じゃなくて裸と言いたかったのだろうか?

また新たに小牧語録が追加されたなと、心の中でメモっていると、小牧が何やら考えている。

 

「でも……うん、やっぱり見せます」

「へっ? いいのか?」

「うん、いつも河野君にはなんだかんだいってお世話になってるし」

 

そんなに世話した覚えはないんだけど、お世話になっていると言うんなら、してるんだろう。

それならお言葉に甘えて見せてもらおうかな。

 

「それじゃあ、見てもいいですよ。あたしの大事なもの

「その発言は酷く誤解を生みそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜手帳A〜

 

 

『由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ、由真のバカ……』

 

 

バン!

 

 

1ページ目で閉じた。

ダメだ。俺にはこれ以上耐えられないみたいだ。

常人が見たら多分発狂するぞ? これ。

それを怪訝に思ったのか、小牧が近づいてくる。まぁ、それでも表情は笑顔なんだが。

 

「あれ、もう見ないんですか?」

「あ、あぁ……お、俺にはレベルが高すぎるみたいだ」

 

や、やべぇ、声が上ずってる。

 

「そうなんですか。それは残念です。折角、秘密を共有できる仲間が出来たのに……」

「わ、悪いな……」

「でも、これを読んで普通でいられたのは河野君が最初です」

「そ、そうなのか?」

 

まぁ、俺が初めて正気を保ったことではなく、これを他の奴にも見せたという点に対して驚く。

だが、それは小牧には通じなかったみたいだ。

 

「はい。河野君、あたしのはじめてみんな持っていってしまいますね」

「それもなんか危ういから止めて」

「それにしても凄いですよ。去年これを一回落としてしまったことがあって、女生徒に拾ってもらったんですけど、偶然中身を見てしまったらしくて」

「そ、そうなのか」

 

俺のつっこみを華麗にスルーして話を続ける小牧。

常人がこれを……なぁ?

でも、そんな精神に病んだ人この高校にいたっけか?

 

「それ以来、彼女、UFOだとかUMAだとか、べんとらーとかにハマってしまったんですけど」

「お前かぁ! 笹森さんが変な原因!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜すーる〜

 

「たかちゃん、それは酷いんよ?」

「おわっとぉ?! な、なんだ笹森さんか」

 

後ろからかけられた声に振り向くとそこには渦中の笹森さんが立っていた。

それも十分に驚いたのだが、俺が更に驚いたのは笹森さんが発した次の言葉だった。

 

「あ、小牧お姉様

「は? お、お姉様?」

 

お姉様って……小牧がか?

頭を捻っていると、小牧が教えてくれた。

 

「その時からちょっとね。今年に入ってからはミステリ研に是非……って、でもあたし文芸部に入ってるから……」

 

そう言って、珍しく困った顔をする小牧。

まぁ、笹森さんの目にはなんか狂信めいたものを感じたし、小牧が黒すぎて最近目立たなかったけど、笹森さんもそういえばそういった『世界』の住人だったよな。

 

「そんなこと言わずに。お姉様。

 世界で一番お姉様がミステリなんよ?」

「笹森さん、ちょっといいですか?」

「あぁっ?! そ、そんな、激しくしたら花梨、壊れちゃ―――い、いたい! いたい! いたいからお下げを引っ張らないで、お姉様!」

「大丈夫ですよ。すぐ楽になれますから。河野君、ちょーっと待っててもらっていいですか?

 今、この電波にこの社会での礼儀を叩き込んできますんで」

 

と笹森さんの特徴的なお下げを引っ張りながら廊下の奥に消える小牧。

電波か……小牧。それは同族嫌悪だと思うぞ?

口には裂けてでも出せない言葉だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

今回は一話一話が長めなので少なめに。

で、思ったのがなんか勢いが衰えたなぁと。

初期の頃の黒マナ3が懐かしい……って数日前の話ダヨ。

 

 

 

 

 

2006年2月27日作成