もしもユンカースが意思を持っていたら 〜claw、ice編〜



「ああ、主人様。ちょっと聞いてくれるかしら?」

夕飯を食べ終え、風呂に入ろうかと考えていた俺を呼び止める声。

見ると赤茶色の長髪にすっとした顔つき、そして妖艶とでもいいのだろうか、そんな独特なオーラを醸し出している女性――clawがいた。

「主人様、最近iceの素行が悪くなってきている気がするのよ」

「でも今更な感じもするんだがなぁ」

clawの言葉に、苦笑いで受け流す俺。

見た感じの印象ではユンカースの素行……というか行動はいろいろと人とは違うなって実感する点が多い。

それは俺自身がまだ若くて、そういった性格や行動思考を持つ人間に出会ったことがないからなのかもしれないが。

「まぁ、見には行くけどさ……ところで」

「どうかした?」

『背後から』聞こえる彼女の返答に、はぁと溜息を一つして、首を彼女の方に回す。

「その背後から抱きつく癖を止めてくれないか?」

俺はclawの手を外して抱きつきの拘束を解き、正面に向き合う。

別に抱きつかれるのが嫌いなわけじゃない。

実際、wingやchainには会うたび会うたび抱きつかれているような気がするし、他の面々だってたまに顔を赤くしながらだったりするが抱きつかれている。

ぶっちゃければ、俺は抱きつかれのプロと言われてもいいくらいだ。

多分、こんなことを言えば周囲の人(特に男性)に敬意という名の鉄拳を喰らわされることになるだろうから死んでも言わないが。

そんな俺がclawの抱きつきが少し苦手な理由、それはclawの『体つき』だ。

clawは胸の大きさはlightに負けるが、それでも十分抜群なプロポーションを備えた、所謂グラビア体型という奴だ。

そんなclawに毎回毎回抱きつかれるのは嬉しいことではあるのだが、正直、恥ずかしいのと、そんな胸が当たって変な妄想に駆り立てられそうになり、嬉しさよりもそっちの方が気になってしまうのだ。

そういうわけで俺はclawとlightの抱きつき攻撃(?)には万全の警戒をしているわけなのだが、clawはその包囲網を潜り抜けるように、俺に抱きついてくる。

以前shieldに、抱きつかれる寸前に壁を生成して行く手を阻む魔術トラップを作ってもらったことがあったが、それすらclawは見破って、先にchainに抱きつかせに行かせて、トラップ発動後に俺に抱きついて来たほど。

その後のchainの怒りようといい、いろいろ大問題に発展したのはいまだ記憶に新しい思い出だ。

だからもう俺は諦めて、抱きつかれた後にひっぺがすことにしている。

「あら、ごめんね。もう癖になってきていて」

といいつつ抱きつくclaw。

俺が反応する暇を与えない。まさに早業。

clawは元から抱きつきの癖があるらしく、俺だけではなくて他のユンカースも抱きつかれているのだそうだが、claw曰く――

「このやわらかさの中に締まった部分がある体、そしてその肉体が醸しだす極上の匂い……完璧よ。
 主人様は抱きつかれるためにこの世界に生を受けたといってもいいくらい。clawが保証するわ」

――とか言っていた。

そんなこと言われても、俺はぬいぐるみじゃないから嬉しくはないのだが。

「まぁいいや。iceに話を聞いてみることにするよ」

「clawも着いていってもいいかしら? 主人様の役に立てるかもしれないし」

clawが名乗り出てくれたので、ありがたく申し出を受ける。

iceは封印したユンカースであるから、俺に危害は加えてこないだろうけど、話術に長けているclawがいてくれるのは心強い。

俺がそう言うと、clawは顔を喜色に染め、抱きしめの強さを少し強くしてきた。

「それなら、まだ抱きついていてもいいわよね?」

……なるほど、それが真の目的だったか。

まあ、この世界はギブアンドテイク。何かしてもらうのであれば報酬を差し出さなければならない世の中。

これくらい(俺の精神的疲労)ですむなら、存分に差し出そう。

というわけで、俺は背中に抱きついたclawを半ば引き摺りながら、iceがいるであろう寝室に移動することにした。










「ice、ice、いるかー?」

他に人がいるかもしれなかったので、呼びかけながら寝室に入ったが、運のいいことに、寝室には一人しかいなかった。

少しぼさぼさな感じにしてある青白い色をした髪に、名前通り氷のように鋭い瞳を始めとした、美人だが、どこか怖い印象を与える顔立ち。

――iceは寝室で俺のベッドに腰掛けてベッド奥にある窓から、電気もつけずに夜空を見上げながら煙草を吸っていた。

口が悪く、不良みたいな感じは受けるけれど、それ以上でも以下でもない。

それが俺のiceの印象だ。

強いてあげるなら煙草代が少しかかるし、部屋がニコチン臭くなってしまうのに困るくらいだが、俺だって未成年だけどiceの煙草を吸わせてもらったことがある。

あんまりうまいもんじゃなかったけど。

それにwingやchainみたいな(精神年齢が)幼いユンカースの面倒もよく見てくれるし、事実彼女達もiceには懐いていた。

悪ぶった印象はあるけど、筋は通す。それがiceなのだ。

だからclawの言っていることを俺はあまり信じていなかった。

clawは自分や他人に厳しい人間だから、煙草とか吸って悪そうに見えるiceがどうにも我慢できないんだろうというのが俺の推測だ。

clawは俺とは一番長い付き合いだし、ユンカースの中でもまとめ役のような立ち位置に立っているから、余計に一匹狼な印象のiceのこういう行動が我慢にならないのだろうな。

だから俺は困るんだ。どっちも悪いって訳じゃないから。

「ん?」

iceも俺に気付いたらしく、気のない返事でこちらを一瞥する。

「よっ、煙草、吸っていたのか?」

「悪い?」

興味も何もなさそうな返事。

iceはつまらなそうに煙草を灰皿に押し付けると、月夜の差し込んでくる窓に再び視線を移す。

月夜に照らされたiceの姿は気高くて、どこか寂しそうに見えた。

「clawがさ。iceの素行が悪いって」

「clawが?」

「iceは不良に見えるけど、筋は絶対に通す奴だってわかっているから、俺は心配してないのだけどさ」

「……そ」

笑って答えを返すと、iceはぎゅっと締まった唇を少し、ほんの少しだけ吊り上げて、笑う。

常にクール、常に冷静、常に無関心。

彼女がこうして顔を変化させるのは滅多にないことだ。

それがなんだか嬉しくて、俺はつい違う話題に転換をしようとすると。

「ちょっと、主人様。あなたはどっちの味方なのかしら?」

背後からのclaw冷たい声、そして首筋にかかる冷たい刃物のような感触――clawの能力で強化された爪――が俺の次の言葉を遮っていた。

「主人様、ここにはiceの素行云々で来てもらったはずで、iceと茶飲み話をするために来たわけではないのだけ・れ・ど・?」

「ちょ、claw、冷静に、冷静に行こうじゃないか?!」

「clawはいつもKOOL、よ」

なんか綴り字が違う気がしないでもないが、そんなこと言ったら爪に刺されそうだから黙る。

このままclawが落ち着くまで待つしかないのだろうかと、半ば諦めかけていたら、意外な人物から助け舟が出された。

「claw、マスターは雰囲気を和ませようとしてiceに話しかけてくれたんだ。
 それともお前はマスターの意向の邪魔をするのか?」

iceにしては珍しく、怒った風にclawを諫める。

彼女がここまで動くことは珍しい。

普段はどんなことがあっても、こっちが命令しなければ興味も示さないというのに。

一体、彼女は何にそこまで興味を示したのだろうか?

「その意向自体が必要ないってこと、あなたの頭じゃ理解できないのかしら? 冷血不良女」

「黙ってろ、万年発情期猫畜生。いいからその汚らわしい脂肪の塊をマスターから離せよ」

最初の目的などなんのその、俺の前と後ろで言い争いを始めた二人。

挟まれている俺はたまったもんじゃないことだけでも理解してくれると助かるんだが、どうやら無理そうだ。

「……ははーん、わかったわ。普段は何にでも無関心なあなたが、ここまでムキになる理由」

「?!」

clawは得心した様子で、俺の体に抱きついていた強さを更に強める。

「あん、主人様の体つき、匂い、まるでドラッグね……」

clawは俺の背中に顔を押し付けて深呼吸すると、俺の肩に顔を乗せてiceを見る。

iceはと言うと、それまでクールだった顔を完全に崩し、真っ赤な顔でclawを睨みつけていた。

「claw、いいから離れろ。マスターが嫌がってる」

「あら、こんなに抜群なプロポーションの女の子に抱きつかれて、嬉しくない人なんていないわよ。あなたみたいに『可哀想』な体つきならともかくね」

哀れんだ目でiceの体の一部分を見やるclaw。

ぷちっ、とどこかで何かの緒が切れたような音がしたような気がした。

「……死にたいか。claw」

「ほら、すぐ力づくに任せる。こんな暴力的な女の子じゃ、愛しの愛しの主人様に嫌われますわよ?」

それが限界だった。

iceはくけーと奇声を発しながら氷の礫を連射し、clawは笑いながらそれを全て自慢の爪で切り裂く。

数が少なかったせいもあり、礫は全て叩き落されたため部屋への被害は床の水浸しだけですみそうだ。

iceは普段のクールな様子は欠片もなく、真っ赤な顔に少し血走った目で親の敵のようにclawを見つめ、clawはそれを、立て板に水を流すように受け流している。

「ぜぇ、ぜぇ」

「あらあら、そんなに息をついて大丈夫?」

「く、くそがぁ……」

clawは余裕の表情でiceを挑発し、体を俺の正面に移動させる。

その後、彼女は顔をゆっくりと俺の顔に近づけ――って、これって。

「うわああああああっ!」

「どうしたのかしら、ice?」

「今、キキキキキキスしようと?」

「それがどうかしたのかしら?」

あっけらかんと答えるclawにiceは茹蛸のような顔を更に真っ赤に染めて反論する。

「キスだぞ、チューだぞ、接吻だぞ?

 そんな破廉恥な……」

どうやらiceはクールに振舞っている割に意外と初心だったらしい。

そりゃ俺だってキスとかされそうになれば戸惑うが、ここまでの動揺はしないぞ?

「まさかice、ユンカースの癖にキスをしたことないなんて言わないわよね?」

clawは心底楽しそうな顔でiceを煽る。

まさか、claw、俺とiceを使って面白がっている?

というか、こんな見え見えな誘導にひっかかる程iceも馬鹿じゃな――

「そ、そそそんなことない!」

明らかに動揺した表情でiceは言葉を返す。

俺の中でiceの人物像ががらがらと音を立てて崩れ落ちていくのがわかった。

いくら判断能力が低下してるからって、俺でもオチがわかりそうな結末に突っ走ることないだろう?

「そう、それなら、今やってみせてもらえるかしら?」

clawは待ってましたとばかりにそう返す。

ほら、こうなることは誰でも予想が付くだろうに。

「や、やる?」

「ええ」

「マスターに?」

「ええ」

「ちゅーを?」

「ええ〜」

「や、やる?」

「ええ」

「マス―」

「これ以上のボケには付き合いませんわ」

「ええええええええええええええええええええっ?!」

大声で叫ぶice。

もう何も言うまい。こんなことする子じゃないと思っていたのはどうやら大きな誤解だったって、さっき思い知ったばかりじゃないか。

俺? 俺は既に諦めてるさ。

だっていつの間にかclawが俺を羽交い絞めにしているのだから。

ユンカースは皆、か弱い女性のような姿をして、腕力は並の大人よりもあるのだ。脱出なんて当に諦めてる。

「さあさあ、ぐいっとやっちゃいなさいな」

煽って煽って煽りまくってるclaw。

もうどう見てもこの状況を楽しんでいるとしか思えない。

もしかしてclawは俺とiceをおもちゃにしたくてわざわざ相談しに来たんじゃないかって思うほど。

というかそれが正解か。

「ま、マスター……」

「お、おう」

潤んだ瞳で近づいてくるice。

まずい、普段クールなところしか知らないから、こういう仕草を見ると可愛さが爆発したかのように溢れてくる。

iceはそのまま距離を縮めて来て、そしてついに距離は0になり――

「……ん」

iceいう名前とは裏腹に、彼女の唇は本当の人のぬくもりのように温かみを帯びていた。

ちゅっと触れただけのフレンチキスを終えると、iceは顔を真っ赤にして距離を離した。

「さて、iceもちゃんと『はじめて』を主人様にあげたことだし、次はclawの『はじめて』ももらってもらおうかしら?」

「は?」

「お互い、『はじめて』と『はじめて』なんだから、対等よね?」

呆気にとられる俺と赤面して俯いてしまってるiceを尻目に、clawは俺の肩に顔を置いて耳元で囁いてきた。

「iceの誘いは受けたんだから、clawの誘いもちゃんと受けてもらうわよ?
 clawのものすっごいテクニックで主人様を骨抜きにしてあ・げ・る」









はい、ちゃんと骨抜きにされました。

その後、声を聞きつけてやってきたswordとclawが全面戦争になったのは別の話。




あぁ、最後に基本的に犬タイプと猫タイプは仲良くならないって本当だったんだね。