もしも守護者以外のユンカースが意思を持っていたら。〜chain、earth編〜
「祐一、遊んでー」
「ん?」
大学受験のために時空管理局から出た謝礼で借りた、それなりには広いと思われるマンションの一室。
Σだの√だのに頭を悩ましていた俺が振り向くと、灰色の髪の右側だけを鎖で結い、体中にもそれらを巡らせている少女が立っていた。
「あぁ、chain。他の子達と遊べばいいじゃないか?」
「chainは祐一と遊びたいの、祐一がいいの。祐一じゃないとダメなの」
「祐一と遊べないなら、一人で遊ぶほうがマシ」と常日頃から言ってるchainは、自らの能力も関係ある所為か、他の魔石よりも俺への依存が強い傾向にある。
どうにかしてそれを改善させてやりたいって思うんだが、なかなかに上手くいかない。
「ま、ちょっと勉強も根詰まりだし……息抜きにいいかもな」
「そうそう、たまには息抜きしないとabsoluteみたいなしかめ面になるんだから」
「よし、じゃあなにして遊ぶ?」
「やった! それじゃね……」
俺は持っていたシャープペンを下ろして、椅子を回すことで体をchainの方へ向きなおす。
chainは遊べることが嬉しいのか、満面の笑みであれやこれやと思考を巡らせている。
こういった所がchainの依存症を助長させているんだよなぁ。
それでもこの笑顔が見れるなら、それでも構わないって思う俺はバカなのだろうか。
「じゃあ……おままごとしよう?」
「ままごとか……」
「うん、祐一が夫役で、chainがその妻役をやるの。新婚ほやほやのあつあつなの」
chainの喜びの動きに合わせて鎖が意思を持ってるかのようにちゃらちゃらと鳴る。
ままごとは正直気が進まないんだが、こう期待に満ちた視線で見つめられると嫌とは言えない。
「わかった。じゃあ、それでやるか」
「おかえりなさい。あなた」
「え? あ、あぁ……ただいま」
もう始まってたのか。
せめて始めの合図くらいしてほしかったんだが。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、chainは背中側に抱きついてくる。
「ごはん? お風呂? それとも――」
「――祐一様いいですか?」
chainの言葉が終わる前に、横から声がかかる。
見ると、薄い茶髪を肩口で揃えた令嬢風の女性が微笑みながらこちらを眺めていた。
「……earth?」
「はい、祐一様。ちょっとよろしいですか?」
「ん、なんかあったのか?」
「食材を切らしてしまいまして。お米もあるのでearth一人ではきついかもしれないのです」
そういえば、昨日はクロノやらフェイトちゃんやら管理局メンバーが夕食を食べに来たんだっけ?
結構人が来たから、そのせいだろう。
earthはこういう細かいところによく気がつくよなぁ。
「わかった。じゃあ、手伝うな」
「ありがとうございます。それでできれば今から行っておきたいのですが……
「まぁ、文字通り背に腹は変えられないし、仕方ないか。
というわけだからchain、留守番頼めるか?」
ままごとをしてる場合じゃなくなったので、背中にしがみついていたchainを引き剥がそうとする。
「……」
「あ、こら、離れろって」
しかしchainはしがみつく腕の力を弱めるどころか逆に強めて一向に離れる様子がない。
それはまるで、自らの能力『chain(鎖)』のような束縛力を発揮していた。
「なぁ、これから買い物に行かないと行けないんだからさ」
「……約束した。祐一、遊んでくれるって」
さっきまでの明るさが嘘のように、冷たい金属のような声で俺を糾弾するchain。
「あ、あぁ、たしかにしたけどさ。今は食料調達の方が重要なんだよ、本当に悪いって思ってる」
「chainはそんなに食べなくても平気だもん」
「chain、我が侭言ってはいけませんよ?」
相変わらず駄々をこねるchainに見かねて、earthは笑顔のまま俺達のところまですっと近づいてくる。
「ね、だからね。その手を祐一様からどけてくれるかな」
「うぅ……」
「ほら、いい子だから」
渋々といった感じで俺への束縛を緩めるchain。
「悪いな、これも一つの機会だしさ。
他の魔石の子達とも交流を図ったらどうだ? あんまり仲良くないんだろ?」
「それは名案ですね〜、chainもそろそろ親離れをしないといけませんね」
「……祐一が言うなら善処する」
「じゃあ、すぐ帰ってくるからさ」
俺は財布を持つと、earthと一緒に部屋から出ようとする。
「早く帰ってこないと――酷いんだから」
部屋を出るときにchainが呟いたそんな言葉もそのときの俺には聞こえていなかった。
「……つまんない」
祐一の勉強途中で放り出したノートを眺めて一人ごちる。
祐一とearthが買い物に出て一時間ちょっと。
chainはもう禁断症状が出始めていた。
こういう時は祐一のシャープペンをペロペロ舐めたりするんだけど、最近はそれじゃ物足りない。
やっぱり祐一がいないと、ダメだよ。
一人は――寂しいよ。
chainは物質を具現化させるっていう特異な能力なので、あまりみんなとは反りが合わない。
swordやshiledは同じように物質を具現化させる能力だからか、少し反りが合うけれど、ダメだ。
何故なら本人達は隠しているけれど、二人とも祐一が好きだから。
祐一が好きだってわかってる人相手に愛想なんて振りまけない。
「……やっぱり、祐一じゃないとダメ」
早く帰ってこないかな? 不安だけが募る。
earth――あの笑顔は明らかに裏がある、信用するなと、chainの本能が叫ぶ。
でも、確証がつかない。
祐一を取られたからearthのことが悪く見えていたのだとしたら、chainは悪い子だ。
「……喉渇いた」
脳をフル回転させていた頭を冷やす意味でも、禁断症状を少しでも落ち着かせる為にもなにか飲もうと部屋を出て冷蔵庫を開ける。
何も入っていないとは言っていたけど、ジュースの一缶や二缶くらいは入ってるだろうし。
ガチャッ
「……ぇ?」
私の頭の中に確かにどす黒い敵意が芽生え、あっという間に育ったのがわかった。
「なぁ、これ、俺が来た意味あったのか?」
買い物の帰り道。
片手にスーパーの袋の重みを感じながら、両手にスーパーの袋を提げているearthに尋ねた。
買い物はみんなearthがやってしまったし、本命かと思われた荷物持ちも、祐一様に重いものは持たせられませんと、今のような状況。
疑問に感じて当然だ。
「えぇ、ありました」
「……ま、earthがそういうなら別にいいんだけどな」
ようやく我が家の前まで着いたので、そこで一先ず会話を打ち切る。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「……」
玄関で出迎えてくれたのはchainだった。
chainは無言で俺に飛びつくとぎゅうっと力強く抱きついてくる。
「あ、おい?」
「あらあら、chain、祐一さんが困ってるじゃない。離れてあげなさい」
earthの問いに答える代わりに俺への抱きつきを強めるchain。
というか、これ――
「ちょっ、首、首に腕が!」
「……さっき冷蔵庫の中見たの、食材、全然減ってなかった!!」
「……あらあら」
「買い物っていうから特別に許したのに、嘘、だったんだね」
「買い物はしてきましたよ? 別に嘘というわけじゃありませんし」
両手に持ったスーパーの袋を見せつけながら、earthはchainに何か反論している。
首に絞まったホールドを外すのに精一杯でよく聞き取れないが、なにか怒っているようだというのはわかる。
「卑怯者だよっ! そうやって、chainから祐一を引き離そうとしたってそうはいかないんだから!」
更に締め付けの強さが上がる。
比例して俺の首を絞める力も強くなる。
あ、そろそろやばいかも……
「祐一をchainから取ろうとするやつはみんなみんな敵!」
「別にあなたの許しなんて必要ないですし、どうぞ、吠えるだけ吠えればいいでしょう?」
「ようやく化けの皮を剥がしたんだよ。汚い土くれ」
「抱きつくことしかできない金属がいきがらないで欲しいですね〜」
「「う、うぅぅっ!」」
「どう、でも……いい、からさ。この首の腕を……!」
二人の争う声を聞きながら、朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止めて叫ぶ。
このままだとマジで洒落にならない。
喧嘩のほうは、earthが実力行使に出たようで、しがみついてるchainを引き剥がそうと引っ張り始めた。
「離れなさい!」
「いーやーだー!」
「ひ、引っ張る、なぁ、余計絞まる!」
もう……だめそう……
ようやく俺の首が絞まっていることに気づいた二人の声を聞きながら俺の意識はそこで飛んだ。
「「ごめんなさい」」
意識を取り戻した俺に対しての二人の第一声だ。
「生きててよかったです……本当に」
「chainが気づがないで絞め続げだがら……ぐすっ」
「何を言い争ってたのか知らないけど、喧嘩を止めてくれたんならいいさ」
首を絞め続けられた甲斐もあったもんだ。
もう二度とごめんだが。
「喧嘩どころではありません!」
「祐一が死んじゃうかもしれないときに喧嘩なんてしてられないよ」
「そっか」
「こういうことはもうやだから、earthとは仲良くする」
「むしろ、chainと共同戦線を組むのも面白そうです」
何はともあれ、chainの依存症も少しは解消したの……か?
「earthと組めば絶対無敵なの」
「祐一様を共同管理……ふふっ、これもいい響きですね」
解消したん……だよな?
earthと組んで酷くなるなんてそんなこと、ないよな。
うん、ないに決まってる。
終われ