「はぁっ……はぁっ……」

 

学校から数分歩いたところの住宅街で、俺は周囲に気を配りながらもゆっくりとため息をつく。どうやら撒くことに成功したようだ。

一先ずの危機は脱することはできたが、当面の問題が解決したわけではないので安心はできない。

 

「見つけたよっ! 祐一」

「ちぃっ! しつこい」

「ちゃんと事情を説明してもらわないと納得できないよっ!」

 

名雪が叫びながら俺に突撃してくる。

俺は背を向けて全力で逃げることを選んだのだが、かたや陸上部の部長の名雪、かたや遅刻の時は名雪と並んで走ってはいるが、基本的に帰宅部な俺では、脚力は馬と亀ほどの差がある。

最初にあった距離の差などあってなきに等しいものだろう。

 

「知らなかったんだよ! まさか祐一が……祐一が……

 

 

 

 

 

 

 

 

ホ○だったなんてっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fake boy true girl

by.JGJ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことを大声で叫ぶなぁ!」

 

社会的に(主に俺が)まずいことを大声で叫びながら距離をどんどん詰めていく。

あぁ、買い物籠持ったお姉様方がひそひそ話してる……

 

「俺はノーマルだっ!」

「嘘だよっ!」

 

俺の釈明も名雪の母親譲りの一秒返答で返される。

 

「大体、どうしてそうなるんだ? 俺はただ、お前らと恋愛関係になるつもりはないって言っただけだろう?!」

「そこだよっ! わたしのような美少女に囲まれているのに、他の女の子を好きになる訳がないんだよ!

 そうしたら、祐一は○モってことになるでしょ? みんなそう思ってるよ?」

 

どんなトンデモ理論だ、それは。

大体、自分で美少女というな……事実、名雪は美人だから否定はできないが。

 

「大丈夫だよ? 祐一がどんな性癖を持ってたとしても、わたしは祐一のこと、好きだから。でもね、『ヤマなしオチなし意味なし』は駄目。

 非生産的すぎるし、不潔だし、変態さんだし……だから、わたしが『体を張って』その性癖を叩きなおしてあげるんだよ〜!」

「だから違うって言ってるだろうに!」

 

ちょっとイっちゃった目で、更に叫ぶ名雪。

あぁ、ちっちゃい子供に『しっ、見てはいけません。見たら散らされちゃいますよ?』とか言っている若奥様の視線が痛い。

もう明日からこの道歩けないじゃないか。

 

「今、連絡があったよ! もう家に全員集合してるって」

「準備万端?!」

 

いつの間に取り出したのか、お米の国の軍で使われていそうな無骨な無線機を耳に当てながらそう告げる名雪。どうでもいいが、そんなかさばる物をいつも持ち歩いているのだろうか?

まぁ、とりあえずわかったことは、これで俺の退路は完全に塞がれたという訳だ。

自分の部屋に引きこもれば何とかなるかと思ったのだが、こうなってしまったら袋のネズミ、諦めてお縄にかかるしかないのか。

 

「相沢っ! こっち!」

 

 

既に8割は諦めのムードを奮い立たせつつ、T字路を左折した俺にかかる声。

スピードがのっていた脚部に急ブレーキをかけてその方を見ると、狭い小道から見知った顔が俺のことをこまねいていた。

首にかかるかかからないか位の長さの艶のある黒髪に、細いラインの体。

一見、どこぞの美少女のような容貌だが、それを否定するかのような『男物の』学生服が惜しむらく、彼は男性だという事を証明している。

彼の名前は工藤叶。数少ない俺の他校の男友達である。

後ろを見る……まだ名雪は角に差し掛かっていない。これは千載一遇の大チャンスだ。

俺はすばやく路地に入り込むと、ひっそりと隠れて名雪が通り過ぎるのを待つ。

 

「ゆういちぃぃ〜〜〜っ!!」

 

名雪の声が徐々に遠ざかっていく。

どうやら撒くことに成功したみたいだな。

 

「ちょ……あ、相沢……」

 

俺が安堵の息を吐いていると、腕の中から工藤の声が聞こえてくる。

どうやら隠れる時に抱きこんでいたらしく、俺と密着するような形で工藤は顔を赤に染めていた。

工藤のが移ったのか、俺も急に恥ずかしい気持ちになってきたため、別の方に意識を移そうとする。

工藤の体は男と呼ぶには柔らく、どこからかシトラス系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

これはシャンプーの香りだろうか? 名雪だったか秋子さんだったか忘れてしまったけれど、誰かが同じようなものを使っていた記憶がある。

……どうやらかえって逆効果だったようだった。

えーいっ! 工藤は男、工藤は男、工藤は男っ!

 

「す、すまん」

「……ぁ」

 

慌てて俺は抱くような形になっていた工藤から距離を離す。

工藤の顔がちょっと残念そうな顔をしているように見えるのはきっと気のせいだろう。

そうじゃないと、俺が立ち直れない気がする。

当の工藤はというと未だに立ち直れていないのか、顔を赤くして俯いていた。

なんか嫌な沈黙が流れる。

 

「そ、それはそうと、工藤っていい香りするよな。女物のシャンプーとか使ってたりするか?」

「え?」

 

俺は何気なしに尋ねてみる。

特に聞きたいと強く思うほどのことではなかったが、この現状を打破できれば十分だと思ったからだ。

すると工藤は驚き半分、焦りと喜びが半々のような微妙な表情になった。

 

「た、たまたまだって。俺の使ってる奴がちょうど切れててさ、姉貴の奴を借りたんだけど……変、か?」

「や、別にそうは思わないけどさ。工藤なら違和感がないし」

 

これはお世辞抜きでそう思う。

元々中性的な容姿の工藤だから、少々女性ぽいものを使っていても特に変だとは感じない。

これは工藤の魅力だといってもいいと思う。

 

「それは俺が女顔と言いたいのか? 相沢。

 お望みなら、今から大声で彼女を呼んであげてもいいんだけどな?」

「ま、待て、早まるな! 悪かった、謝るからそれだけは勘弁してくれ」

 

まぁ、第三者視点からみた魅力は、大抵本人にとっては欠点な訳で。

息を大きく吸い込もうとしている工藤を慌てて止める。

 

「……聞いた、というより聞かされたと言った方が正しいか。あの子達を全員振ったんだって?」

「……あぁ」

 

嫌な沈黙が破れた途端、シリアスな顔になって工藤が口を開く。

そうだ。俺は名雪を始めとする複数の美少女といっても過言ではない女の子達にアタックされていたのだが、どうにも落ち着かなかったのだ。

やっぱり容姿や性格も重要視するけれど、一番は落ち着けるような人と付き合いたい。

こればっかりは相性云々なので、簡単に合わせる事はできない。

だったらずるずる引っ張っているわけには行かない。

そう思い、先日、俺は慕ってきている彼女達一人一人にどんなに慕われても付き合うことはできないという旨を伝えたのだ。

結果は見ての通り、それを認めようとしない人から追われる毎日だ。

 

「あんなに美人な子も振って……まさか本当に男好きなのか?」

「そんなわけないだろ」

 

そういう点じゃ、工藤は落ち着けるし、いい友達だし、相性はいいんだけど。

でも男だしな。工藤が女だったらどれだけよかったことか。

 

「おーい、相沢?」

「……あ、すまん。少し考え事してた」

「おいおい、しっかりしろよ?」

 

工藤が苦笑いをしながら呟く。

いかんいかん、一体何を考えてるんだ、俺。

 

「――なぁ、相沢。諦めさせたいか?」

「は?」

「彼女達を、さ」

 

シリアスな顔を崩さず、工藤はそう続ける。

 

「そ、そりゃあ、なくしたいのは山々だけどさ。そう簡単に消えるものじゃないだろ?」

 

人の噂も七十五日とも言うくらい、噂を消すには時間がかかる厄介なものだ。

何せ、本人が違うと釈明しても、信じてもらえない場合がほとんどなのだから。

それをどうやって消すというのだろうか。

だけど工藤はそれを否定するように首を横に振った。

 

「いや、ある」

「……?」

「それは――」

 

工藤の話に引き込まれ、思わず唾を飲みこむ。

一体どんな方法があるっていうんだ?

 

「今はナイショさ。ちょうど明日は休みだし、その時に教えてやるよ。

明日のお楽しみに、ってことにしといてくれ」

「は?」

 

工藤は身軽やかに路地から出ると、ぽかんと間抜け面をしていたであろう俺にこう言った。

 

「……なぁ、和装してる女の子って、相沢は嫌いか?」

「あ、やまとなでしこってやつか? 嫌いじゃないぞ。

むしろ好きな方だな、清楚というか雅というか」

「そ、そうか?」

 

俺がそう答えると何故か工藤は顔を赤くして照れている。

 

「……なんで工藤が照れてるんだ?」

「あ、いや、その……な、なんでもいいだろ!

とにかく、明日の正午、公園に来てくれよ。約束したからな」

 

顔を赤く染めたまま、工藤はとっとと行ってしまう。

それをあ然と見送る俺。

よくわからないが、とりあえず工藤の電話待ちということでいいのだろうか?

それにしても、なんで工藤はあそこで照れたりしたんだろうか……?

そこまで考えて、ふと肩に手を置かれていると気付く。

振り向くと喜色満面を地で行くような名雪の笑顔。

 

「つ・か・ま・え・た、祐一」

「うおっ?! どうしてわかったんだ?!」

「ここらへんで祐一の匂いがしたからだよ!」

 

匂いって、警察犬か、お前は。

 

「さぁ、連行だよ〜」

「……くっ、今日のところは負けということにしてやる。

だがな、俺が捕まったとしてもきっと第二、第三の相沢祐一が――」

「いるの?」

「……うぐぅ」

 

俺の制服の後ろ襟を掴みずるずると引き摺っていく名雪。

秋子さん、たくましく育てすぎです。もう少しお淑やかに育てられなかったのでしょうか?

これから襲い掛かるであろう尋問を想像しながら、俺はドナドナの子牛よろしく、水瀬家へと連れて行かれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今、何時だろうか?」

 

というわけで、俺は今公園にいる。

公園の時計を見上げると、そろそろ工藤に言われた集合の時間になろうとしていた。

にしてもだ、季節にしては少々薄着のラフな感じの服装にしてきたが正解だったようだ。

何故なら、深夜まで及んだ彼女達の尋問で精神的に疲労している上に、冬にしては暖かい陽気が拍車をかけ、寝不足なことこの上ないのだ。

厚着で来ていたら寝不足な上に汗がだらだら出て非常に見苦しい映像になっていたこと請け合いであっただろう。

 

「ふぁ……」

「ふふっ、大きなあくび。たしかにこの陽気だから、当然かもしれないけど」

 

ついにこらえきれずに大きなあくびを一つすると、隣から声がかかる。

声のしたほうを向くと、藍に花の柄が添えられた着物を纏った、まさに大和撫子という言葉が似合っている和装姿の少女。

その姿にもびっくりしたが、何よりも一番びっくりしたのは――

 

「く、工藤?」

 

 

――顔のつくりが、この作戦を提案した張本人である工藤叶にそっくりであったのだ。

 

 

「ふふっ、驚いた? 相沢祐一君、ですよね?」

「え、えっと……工藤じゃない?」

「はい、叶は私の双子の弟です」

 

そう言って微笑む工藤のお姉さん。

なるほど、双子ならばたしかに性別が違えども顔が似ているのは納得できる。

それだけ叶が中性的という意味でもあるだろうし――本人に言ったなら確実に怒られるだろうけど。

 

「それで、工藤のお姉さんがどうしてこんなところに?」

「あの、工藤だとわかり辛くなりますから、私のことは『工藤』で、弟のことは『叶』で呼んでくれませんか?」

 

確かに工藤と言ってしまうと、いざ二人揃った時に判別ができなくなってしまうよな。

たしかに工藤のおねえ――工藤さんの言うことも一理ある。

 

「そうか? じゃ遠慮なく。それでここに呼ばれたんだけど、肝心の叶はどうしたんだ?」

「……ぁ」

 

工藤さんに俺をここに招聘した本人であるところの叶の居場所を尋ねたはずなのだが、当の工藤さんが何故か顔を真っ赤に染めて、俯いてしまっている。

意味もわからず顔を赤らめるのは工藤家の癖なのだろうか。

 

「……工藤さん?」

「ふぇっ?! あ、あぁ、ご、ごめんなさい、少し考え事してて。

 その叶から言伝を貰っているの。

『相沢、彼女達を諦めさせたいなら、やっぱり彼女を作るのが一番手っ取り早いだろ?

といっても、そうすぐに作るのは簡単なことじゃない。

だから俺の姉貴を彼女の代わりにしてみるのはどうだ?

幸い、姉貴は相沢に興味持ってるし、見せ付けるように行動してやればたった数日で終わると思う、だからその間姉貴をよろしく頼む』だそうです」

 

双子ゆえの特技か、叶に恐ろしいほどそっくりな声でそう説明をしてくれる。

なるほど、つまり工藤さんに俺の彼女のフリをしてもらって、名雪達を諦めさせるというわけか。

もしかして去り際に和装が好きかと聞いてきたのも、俺の嗜好が工藤さんに合うかどうかをチェックするためにしたのかもしれないな。

 

「俺は別に構わないけど、工藤さんはいいのか?」

「えっ?」

「ほら、工藤さんが嫌なら無理に付き合うことはないし」

 

本音で言えばたしかに俺は助かるわけであるし、願ってもない状況ではある。

しかしだからといってそれをそのまま受け入れてしまうのは独善的な考えだとも思う。

 

「嫌だったらいくら叶の頼みでも、ちゃんと断ります。

 そ、それに私も相沢君のことをもっと知りたいと思ってたし」

「え、えっと……」

 

面と向かってそう言われると恥ずかしいな。

見ると工藤さんも同じだったようで、頬を染めて俯いてしまっている。

本人の同意の上での作戦ということらしいので、ここはありがたく叶のアイディアに乗らせてもらうとしよう。

 

「それじゃ、一時的だけど彼氏彼女の関係ということで」

「うん、不束者だけど、よろしくね」

「……で、どうすればいいんだ? いきなり彼氏彼女のフリって言われてもな」

 

フリとはいえ、恋人を作ったことのない俺にはよくわからない話だ。

いや、フリだからこそよく考えないといけない話か。

何しろ人を欺かないといけないわけだしな。

 

「うーん、えっと、で、デートとかかな?」

「やっぱり恋人がやるといったらそういうのだよな」

 

それなら恋人のフリをすると同時に、それを周囲に知らせることもできる。

まぁ、無理にデートまで行かなくても、工藤さんほどの綺麗な人と一緒に歩いているだけで注目の的になるだろう。

重要なのはここで直接水瀬家(というよりも名雪)に紹介をしに行ってはいけない。

うっかり紹介なんてしたらほぼ間違いなく凄い修羅場が起きる。最悪、銀光りした尖ったものがでてくる。

それだと俺だけでなく工藤さんにも迷惑がかかってしまうからな。

 

「なら善は急げ。早速、どっかに行くことにしますか」

「きゃっ」

 

工藤さんの手を掴んで引き寄せる。

髪の毛がなびき、シャンプーの香りが微かに匂う。

昨日も嗅いだそれは双子のはずなのに、性別が違うだけで全然違和感がない。

 

「え、と……相沢……君」

「す、すまん! つい調子に乗って……」

 

バランスを崩した工藤さんが腕の中にいることに気付き、すぐに距離をとって謝罪する。

工藤さんとは初対面という感じがしなくて、つい友達のように振舞ってしまった。

 

「いいの。謝らないで、そ、その……ちょっと嬉しかったし」

「あ、あぁ……」

 

互いに顔をトマトにして、視線を逸らす。

最後の方は聞こえなかったが、初対面にこんなことされれば機嫌を損ねてしまうだろう。

うぅ、なんか急に気まずいムードになった気がする。

 

「相沢さん?」

 

そんな気まずいムードを破ってくれた声。

顔を向けると天野がこちらに歩いてきていた。

おぉ、ありがとう天野、今はお前が女神に見える。いつもおばさんくさいなんて言ってすまなかった、もうおばさんくさいなんて言わないように努力す――

 

「おぉ、天野。相変わらずおばさんくさいな」

「いい加減殴りますよ。相沢さん」

 

――といってもそう簡単に治るわけがないのが癖というものだ。

努力するだけで治るなら俺は毎日名雪を起こしていない。

だから天野、笑顔で殺気を放たないでくれ。

 

「あ、天野さん?」

「あれ、工藤さんですか? お久しぶりです」

「天野、工藤さんと知り合いなのか?」

「はい、工藤さんのおばあさんが開いているお茶の教室に通っていましたから」

 

意外な共通点だな、世界は狭いものだ。

 

「それでどうしてお二人が?」

「え? あ、えーと」

「私達付き合っているんです。もうラブラブなんですよ」

 

俺が説明しようとすると、脇から工藤さんがにこやかな笑顔で天野に説明をしてくれた。

ちょっと表現がオーバーだが、ここで変に否定したら怪しまれそうなのでここでは言及はしない。

 

「ね? 相沢君」

「お、おう」

 

工藤さん怖いです。さっきの天野と同等、いやそれ以上に怖いです。

そんな笑顔を向けられたら、頷くしかないじゃないですか。

 

「でもそれにしても珍しいですね。工藤さんが『着物』を着て外を歩いているなんて」

「っ?!」

「へぇ、そうなのか?」

 

俺の問いに天野は首を縦に振ることで肯定する。

へぇ、随分と似合っているから、いつも和服を着ているとばっかり想像していたのだが。

 

「いつもは街を歩く時は、男物の制服を着ていると窺ってましたから。

 やはり、彼氏である相沢さんがいるからでしょうね」

「あぁ、天野、それは違う。工藤さんは双子のお姉さんなんだ。

 お前が言っているのは弟の叶のことじゃないのか?」

 

双子で顔が似ているから間違えたんだろう。

まったく、天野はそそっかしいな。

しかし、俺が想像していたリアクションを裏切り、天野は怪訝な表情で俺を見つめていた。

 

「……何を言っているんですか、相沢さん」

「は?」

 

今度は俺が怪訝な表情になる。俺、何か間違ったこといっただろうか?

 

「工藤さんは双子ではないですよ?」

 

俺は本人に確認するべく後ろを向く。

 

 

 

工藤さん……いや、叶は既にこの場から姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……うっ……ぐすっ……」

 

何分経ったのだろうか?

あの場から逃げ出して、私はずっと泣いていた。

相沢君に悪いことをしちゃったよね。でも謝りに行くことはできない。

だって私は相沢君に嘘をついてしまった。

 

私は双子なんかじゃない――工藤叶なのだから。

 

「はぁっ、はぁっ、工藤……」

 

泣いてる私の背中にかかる声。間違えもしない相沢君のものだ。

息遣いが荒い、きっと私を探して走り回ったせいだろう。

 

「天野から全部聞いた。事情があって工藤が女だってのを隠してたこと」

 

そう、今まで私はある事情で男として生きてきた。

でも相沢君と出会って、初めて愛しいという感情を持って――日に日にそれが大きくなって。女性としての本能に勝てなくなって。

だから、一回だけ、この一回だけ。

女としての工藤叶でデートをして、それできっぱり諦めようと思って臨んだ。

架空の双子の姉を演じてでも、一度でいいから、女として好きな人の隣を歩きたかった。

なのに、なのに――

 

「それで私に絶縁状でも叩きつけに来たんですか?」

 

涙はもう引いていた。だけど顔は向けない。向けられるはずもない。

代わりに私は自虐に走った。

そうすれば、相沢君にどんなに罵られたとしても、耐えることができそうな気がしたから。

 

「まさか」

「嘘」

 

そうだよ、嘘だよ。

幻滅しているはずだよ。

私はあなたをずっと騙し続けていたのだから。

 

「いや、本当だ」

 

なんでそんな風を装うの?

女の癖に男の振りする変態だとか、今まで友達と思ってたのにとか、きつい言葉で罵ってよ? 傷つけてよ?

感情の向くままに、私は彼の方を振り向く。

 

「そんなわけない。だって私――」

 

そこから先は言えなかった。

私の体は彼の胸に包まれて、きつくきつく抱き締められていた。

 

「……本当に女の子なんだな」

「……馬鹿」

「実は俺、嬉しいんだぞ? 何度も思ってたんだからさ。

 あぁ、もし工藤が女の子だったらどれだけよかったか……って」

「え?」

「まぁ、なんだ……俺、あの頃から工藤のこと好き、だったのかもな。

 本当にお前が男だったら、俺の方こそ変態だよな、ははっ」

 

それ以上は言葉はいらなかった。

それだけで私の心は温かくなって。

 

「俺を騙してたなんて罪悪感に駆られるならさ。

 罰として、俺と付き合わないか?」

「……うん!」

「よし、じゃあ、これから本物のデートと洒落込みますか!」

 

 

あぁ、神様仏様。

私がこんなに素晴らしい罰を受けてもいいのですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

「――ところで、その工藤の事情っていうのはなんなんだ?」

 

デートの途中、ふと気になったので俺は工藤に聞いてみた。

天野もその事情については詳しくはわからないって言ってたし。

 

「叶」

「へ?」

「叶って、呼んで。そうしたら教えてあげる」

「うーむ、なんか工藤で呼びなれてたからなぁ……いきなり叶と呼ぶのも……」

「さっきまではちゃんと呼んでくれていたじゃない」

 

少しむくれた表情で、工藤が抗議してくる。

それはあくまで判別するためであって、特にこれといった意図はなかったんだけどなぁ。

でもこのままじゃ教えてくれそうにもないので、こちらが譲歩することにする。

 

「わかった、わかったよ。えっと……叶」

「……何度聞いても照れちゃうね」

 

にっこりと微笑んでくる叶。

そんなしぐさが可愛いと思える。

 

「で、事情って?」

「家の決まりなの。若いうちは色恋沙汰はご法度ってね」

「じゃ、じゃあ、この付き合いも本当は駄目なんじゃ……」

 

急に不安になる。

禁断の恋とやらに憧れない訳ではないが、実際に恋をするなら皆にお祝いされるような恋愛をしたい。

 

「ううん、でもこれには例外があって、将来を見据えてのお付き合いだったら、人柄にもよるけれど認めるって」

「将来を見据えたって、もしかして――」

 

もしかして結婚を前提としたお付き合い……?

 

「そういうわけだから。これから末永くよろしくね相沢君――ううん、未来の旦那様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

gdgd(挨拶

ごめんなさい。すっごい変な方向に作品が曲がってorz

ともあれクオリティ云々はともかく、なんとかリクエスト完成しました。

どうやらJGJには工藤は書きづらい対象No.1だったようです。

というよりも全然ストーリーが考え付かないわ、考え付いても全然ラブ方面に向かないわで、鬱状態に。一時期テイルズウィーバーに本気で現実逃避してましたw

それでは、こんなのでよければお納めください。

 

あ、ちなみに今回はサブヒロインは祐一とお友達という間柄、特に好いた惚れたというものはないということで。

 

 

 

 

 

 

2007年3月8日作成