「それじゃ、ボクはこっちだから」

「また明日な」

祐一は雑踏に消えていくあゆの背中を見送った後、踵を返して帰宅の徒についた。
頬に冷たい何かが触れて空を見上げると、静かに雪が降り始めている。
そして頬に手を当てて、しばしの間立ち止まる。
未だ残っている暖かく柔らかかった感触を思い出して、口元を緩め笑みになった。
再び足を動かしながらポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃになった映画館の半券の感触を確かめる。
今頃になって彼は小躍りしたい衝動に駆られていた。
雪の量が増えてきたので 自然と小走りになっていく。
靴で雪を踏み固めながら祐一も歩を早めた。
小さな幸せの光景を印象づけるために周囲を見回した。
雑居ビルがひしめく中、裏路地へ通じる小道に視線をやると、犬が首を返して奥に消えていった。
道端にゴミが散らばり限りなく白黒に近い雪道で鮮やかな赤が、犬の通った跡を彩っている。

「怪我してるのか……?」

祐一は呟き、血痕を追って雑踏の中に入った。
血痕を踏まないように進んでいくと、その量が徐々に多くなっていく。
左右に道が交差する場所で一旦途切れたので周囲を見回すと、右に延びるクランク状の直線路から人影が現れた。
人影は見覚えのある紺色で各襟口に一本の白線が書かれた制服を着ていた。
太陽の光が斜に差す中、自然な少年の微笑みが事態の異常さとは不釣合いだった。
右手が銀色に輝いており、よく見ると金属の輪を握っている。
犬の鳴き声が聞こえた直後、無造作に右手でその喉を引き裂いた。
赤い血が噴き出し、雪とビルの壁を汚していく。
骨が砕ける音がして崩れ落ちた身体は雪の上で痙攣を始めていた。
右手に付着した血を振り払い、終始表情を崩さないまま悠然と歩き去っていた。
祐一は何度も周囲を見回しながら未だ痙攣を止めない死骸の傍まで行き、死体を見下ろした。
鼻の頭が背についている様子に思わず口を押さえた。
その時犬の目玉がぐるりと回転し、祐一の顔を凝視する。

「うわ!?」

突然千切れかけた頭が牙をむいたので、その場から飛び退く。
それでもなお犬の頭が身体を引きずりながら雪の上を這い回っていた。
正視に耐えられない光景だった。

「畜生……く、来るな!」

後ずさりながら毒づき犬の死体に背を向けて走り出す。
しかし雪に足を取られ転倒してしまう。
慌てて顔を上げると一つ奥の三叉路に人影を見つける。

「助け」

祐一は何とか立ち上がりながらもその人影に絶句してしまった。
人間の死体が転がっている。
作り物というには精巧すぎるが、あまりにも凄惨すぎたのか笑うしかなかった。
鉄格子に首だけが突き刺さり、四肢が散乱し、切開された腹から内臓が飛び出している。
人間の形をしている者は額から血を流し、胸に大きな穴を見つけると近くに踏みつぶされた心臓が転がっている。
ここで初めて祐一は恐怖を感じた。
先程まであゆと見ていた映画の一シーンに酷似していたからだ。
吸血鬼と屍食鬼を題材にした映画。
よくある映像と同じように悲鳴を上げて表通りに逃げ出した。








執行者〜吸血鬼狩り〜 前編

作:流鳴







相沢祐一が目の下に隈を作って登校したのは翌日のことである。
席に着くなり机に突っ伏した祐一に北川が声をかけた。

「相沢、お疲れか?」

祐一は顔を上げる気力がなかったため、そのまま答える。

「ああ。鳥のさえずりが聞こえるまで眠れなかった」

「へえ。徹夜でゲームでもしてたのか……もしかして、この前貸したエロゲー?」

「違う」

答える気分すらなかったのか、北川の問いを素っ気無く言い返した。
北川は話題を流されたので、気分を変えるために声のトーンを落として話し掛けてきた。

「ところで相沢」

「何だ。眠いから寝させろよ」

妙な視線を感じた。

「お前、警察に捕まったんだって? 事情聴取受けたんだろ、どうだった? カツ丼の出前してもらったか?」

祐一は押し黙るしかなかった。
顔を上げて北川、そしてクラス中を見渡す。
皆、話を止めて祐一の顔を凝視していた。

……何で知ってるんだよ」

「水瀬さんが話してたんだ」

祐一は隣の席で悪びれもなく笑う従姉妹を呆れたように見た。
そして頭を抱えて机に額を押しつける。

「言っておくがカツ丼は出なかった」

「そうか。やっぱりお前……月宮さんを」

「おい! 変な想像するなよ? いいな」

「冗談だって。なあ、相沢。何で警察の厄介になったんだ? よりにもよってこんな日にさ」

「それ俺が聞きたいくらいだよ……

「なあ、もったいぶってないで何でか教えてくれよ」

「死体を見つけたんだよ」

「は? 相沢、もう一回言ってくれ」

「だから、死体見つけて、警察呼んだ」

……すまん相沢。もっと面白い冗談言えよ。死体なんて、そうごろごろ転がってるものじゃないぞ。もう少しマシな嘘つけよ」

北川は笑って信じようとしない。

「それが嘘じゃないんだ。嘘ならこんな風に隈を作らないぞ……

「ま、最近物騒だからな。死体の一つや二つ見つけてもおかしくないだろ」

腕を組んで何度も頷く。

「最近話題になってる猟奇殺人と関連があるんじゃないかって、警察もいらだってる感じだったな」

「そんなの当然だって、今のところ七人も死んでるんだ。休み前の全校集会で校長が注意してたろ。人通りの多いところを帰れとか、知らない人に声をかけられても付いていくなとか、まるで長期休暇前の小学生かっての」

祐一は重い頭を動かして周囲に視線をやる。

「そういえば香里見ないよな。まだインフルエンザなのか? 北川、何か聞いていないか?」

北川も困ったように腕を組んだ。
アンテナのように逆立った癖毛が揺れる。

「それがさ。全然連絡がつかないんだ。栞ちゃんに聞いても具合が悪いの一点張りで……

北川は教室にこのあたりでは見慣れない制服を着た少年が入ってくる。
紺色の学ランに袖や襟に白いラインが入った制服を着ており、小柄で左頬に絆創膏を貼っている。

「おい、高遠」

声に気づいた高遠はいつも変わらない柔和な表情を向けてきた。
友人に一言告げて二人の元にやってきた。

「何の用、北川君」

微かに金属が擦れ合う音がする。
祐一は鞄を床に置く姿を目で追う。
中性的な顔立ちに張り付いた笑みをどこかで見た感じがした。

「高遠って栞ちゃんと仲良かっただろ、香里のこと聞いていないか?」

「インフルエンザのこと?」

「香里が休み始めてからもう一週間も経つから、病状ぐらい知りたいんだよ」

高遠は一瞬だけ間をおいてから答えた。

「あんまり思わしく無いみたいだよ。感染すると危ないからって部屋に近寄らせてもらえないって言ってた……土曜日の話だけど」

「そんなに重いのか?」

「みたい。どちらにしろ完治してから三日間は外出禁止だから、そのうちに、ね……

高遠が心配そうな表情に変わる。
北川は勘違いしたようだが、それは香里に向けたものではなく祐一の様子を見たからだった。

「相沢君……そのやつれ方、不味くない?」

「放っといてくれ」

祐一は目をそらして呟いた。
それを見た北川がうれしそうな表情に変わる。

「高遠はまだ聞いていなかったか。相沢が警察の厄介になったらしいぞ。補導とかじゃなくて」

……何でそんな目で見る」

高遠が向ける視線は痛々しいものだった。
心にやましいものがない祐一はその視線をじっと見返す。

「言っておくが事情聴取を受けただけだ」

「でも、普通そんな風にやつれたりしないと思う。それに……白髪が増えてるし」

「あ、マジだ」

北川が祐一の頭を覗き込み、見つけた白髪を引っ張る。
彼の手を振り払ってから祐一が頭を抱えた。

「恐い思いをしたみたいだね。それで何の被害?」

「だから違うって、その……第一発見者って奴。すごく恐かったんだ。ホラー映画なんて目じゃないくらいにひどかったぞ」

無意味に胸を張った。
高遠の視線が余計に痛かった。

「へえ、そっちか。で、どんな風だった?」

北川は食いついてきたので、祐一は前日の光景を思い出して身震いする。
そして視線を落としながら口を開いた。

「あんな光景……ひどいなんてものじゃなかった。六つか七つ死体が転がって、どれが誰の部品なのか分からなかった。首がなかったり胸にぽっかりと穴があいていたり、ダルマみたいなのもあった」

「マジかよ」

北川に頷いてみせる。
そして真顔で最初に遭った出来事を言った。

……それに犬の首が身体を引きずって俺に襲いかかってきた」

高遠の表情が曇ったが、それも束の間で北川と一緒に破顔した。
そして二人とも祐一の肩に優しく手を置いた。

「最後の部分、おかしくないか?」

「おかしくないぞ」

祐一が未だに真顔なので北川が哀れみの視線を投げかけた上、嘆息する。

「本当に恐かったんだな。それで恐怖の余り、映像で見た光景を現実の出来事と勘違いしたのか」

「信じなくても俺は構わん。大体警察に話しても信じてもらえなかったしな。でも現場には犬の死骸が発見されてるんだ」

……僕は信じるよ」

「おい、本当か? 高遠、お前この街に馴れないからってそんな現実逃避はやめとけ。余計な馴れ合いは相沢を増長させるだけだぞ」

「現実逃避、そういう妄想は口に出さないでよ。僕が変な人みたいじゃないか」

「変だろ。いい加減制服換えろって、そういう風に見られるぞ」

北川は肩から手を離して自分の席に回り込む。

「で、怪しい人物とか」

「高遠、お前も楽しんでないか」

高遠は祐一から視線を逸らし、北川が外を見ているのを見た。

「もちろん。普通身近でこういう事に巻き込まれることはないからね。ちょっとした好奇心って奴だよ」

「あ、そ。これも警察に言ったんだが……というか犯人かも……

祐一は記憶の人物が高遠に似ていることに気づく。
そして高遠がこれまで一度も見せたことがない表情になっていた。
冷たく、それでいて楽しそうな微笑み。
小柄な身体から滲み出る強烈な憎悪の念にあてられてしまい、しばらくの間固まってしまう。

「相沢君?」

急に黙り込んだ祐一に高遠が心配そうな声をかけた。
記憶と服装、顔、髪型、表情が一致する。
それは昨日見たものではなく、今まで忘れていた一年前の光景だった。





――
一年前 ――





ささやかな雪が降る二月、世間の関心は政治家の収賄疑惑で持ちきりだった。
選挙権を持たない祐一は新聞を読むたびに胸が遣えるような感覚を抱くようになっていた。
政治の世界は汚いもの、地面を濡らしていた雪も今は土色に染まり避けて通る。
机に向いながら好きな曲を聴いていると、リビングから怒鳴り声が聞こえてきた。
音量を絞り内容を聞き取ろうとすると、胸がむかつき喉が締め上げられるような感覚に陥った。
両親の喧嘩、これは初めてのことではない。
度重なる転勤、ボーナスの減額、リストラ、教育方針で幾度と無く喧嘩を繰り返していた。
英語の教科書を手にとって文章の訳を作ろうとしたが、話が自分の話題に及んだため集中できなくなり途中で投げ出した。
胸のむかつきが増し、勢いよく席を立つ。
財布を掴み、椅子が倒れたままなのにも構わず部屋を飛び出した。
途中リビングの前を通り、口論する両親を見つめた。
しかし複雑な視線を投げかける祐一に気づくことなく、話が堂々巡りしていく。
祐一は顔を背け家を出た。
空は薄い雨雲に覆われ不安をかき立てるような灰色だった。
街灯が点滅する路地には、赤いステッカーが貼られたゴミ袋が転がっている。
慣れた道を歩き最寄りのコンビニへ向う。
しかしそこへ行くためにはかなり大きな公園を通らねばならなかった。
公園は木々が生い茂り薄暗い。
昼間は子供が遊び、夜は若者や恋人達が集まるには格好の場所。
民家までは遠く、数年前子供が誘拐されて問題になったこともある。
だから足早に通り抜ける。
小道の所々に置かれたベンチ、そこには所構わず唇を屠り合う恋人達の姿があった。
女の胸をまさぐり、舌が絡み合う。
衣擦れの音に白い吐息、ベルトの金具が当たり、音が奏でられる。
そんな光景を立ち止まって見つめるほど祐一は野暮ではない。
うめき声の在処を覗くためではないからだ。
ただ今日に限っては彼ら以外の姿が見あたらなかった。
土を踏む音と時々聞こえるエンジン音、押し殺したようなうめき声、そして怒声と笑い声が聞こえた。
何かが気になったのか足を止めて、聞き耳を立てる。
声の在処は街灯と街路樹の死角から聞こえてきた。
回り込むように声の在処に近づくと、自分とそれほど変わらない少年達が誰かを組み敷いているようだった。
思わず声を上げそうになった。
この寒空に針金のような足と前後に揺れる男の尻が見えた。
暗さに目が慣れてくると六人ほどいることがわかる。
そして組み敷かれていたのはどう見ても小学生ぐらいにしか見えなかった。
そのうちに少年が背中を振るわせると、少女のうめき声が大きくなる。
下卑た笑い声が上がり口笛をならす者もいた。
雲の切れ目があったのか、月明かりで周囲が明るくなる。
祐一は目を先程歩いていた道に向けると木々の間から街灯が見えた。
そこには一人の少年が立っている。
呻き声と笑い声の在処を凝視しているように見えた。
月明かりと街灯が彼の姿を照らし出す。
紺色の学ランの襟や袖口に白い線が入った服を着ている。
地元の有名私立高校、中谷学園の制服だった。
彼が顔を上げると街灯に照らされ、左頬に絆創膏が貼られているのが見えた。
右手には銀色に光る金属の輪が見える。

……る」

彼は何かを呟きながら、近づいてきた。
少年達は彼に気づかず、代る代る腰を振っている。

「きさら……

顔の右側は真新しい鮮血に染め上げられている。
2m程の距離まで近づくと、脱力したように少女から離れた少年が彼に気づいた。
彼は少年の顔など見ていなかった。

……何をしてるんだ?」

彼の問いを少年が鼻で笑った。
他の少年達も同じように笑う。

「お前も混ざれよ。こいつガキの癖にXXXは立派に大人だぜ」

……何をしていると聞いてるんだ」

「は? 見て分かんないのかよ」

彼は少年達がどこにいるのかを把握する。
視線だけを動かす姿に少年達が嘲笑を浴びせかけた。

「うわ、こいつ驚いて突っ立ってるぜ? 男じゃねえよ、不能? 最低だな、お前」

「全員で犯ったのか? なら……

少年達が下卑た笑いを見せた。

「これで二周目……俺なんかもう二発出したんだ。一発目は最後の一滴まで」

彼は2mの距離を一瞬で詰め、左手で少年の顔を掴んでいた。
少年に向けて微笑む。
少年の顔が粘性のある液体で濡れた。

「な、何するんだよ……

顔を覆う赤い手を見て少年の声が怯む。
そして少年を見下ろす視線は冷たいものだった。
彼は少年が手を引きはがし立ち上がるのを見て、微笑んだ。
その間も仲間達は少女を犯すことを止めない。

「笑って見てるんじゃねえよ」

少年がここぞとばかり襟元を掴んで顔を近づける。
 
「吉舎螺に触れるな」

「は? こいつはキサラなんて名前じゃないぜ? 人違いだよ、手前の」

銀円を少年の右腕に近づけ、一思いに引くと鮮血が地面に落ちる。
一瞬何が起きたのか分からなかったのか相手の顔と腕を見比べると、すぐに痛みが襲い彼から手を離した。
傷口を押さえる手から血が滲み出ている。
彼は平然としたまま先程と違う事を言い始めた。

「何でこんなことしてる」

「そりゃ誰もいないし何も言われないからだよ! 何だ、手前、いきなり切りつけやがって……痛え、痛え」

他の少年達も異変に気づいたのか、彼らに顔を向けている。

「当たり前だ。警察連中が数時間前にこの公園を封鎖したから。誰も入ってこれないように、何があっても警察は我関せず。女を犯そうが人を殺そうが何も言わないし誰も止めない」

そして口の端を吊り上げ禍々しい笑みを浮かべた。

「つまり君らを狩るってこと」

彼をよく見れば顔半分ではなく右半身が赤黒く染まっている。
少年たちは恐れとは違うヤバさを感じていた。
こいつの頭はオカシイ、と。

……こいつやっべえよ。マジで頭逝ってるんじゃないの? そこで自慰ってろ、身障」

血がとまっていないのか、腕が痛むようだ。
一度仲間を向いたが、何かを思い出しもう一度彼に近寄った。

「忘れ物!」
 
助走をつけ、血まみれの左拳で顔を殴った。
しかしそう思ったのは少年達と祐一だけで、宙を飛ぶ円盤に気づくには1、2秒を要した。
二の腕から先が四つの部品に変わり、各々が宙を舞っている。
正確な四拍子で落下していき、最後の一つが落ちると同時に左肩が宙を飛ぶ。
少年が左肩から先が無くなったことに気づいた途端、赤い血が噴出して彼の顔を塗りつぶしていく。
痛みを感じる前に自分の血を美味しそうに舐める姿を見た。
仲間達はもちろん祐一も呆気に取られたままだ。
彼は静かに少年の横を通り過ぎた。
左手に何か持っているのが見え、少年の首から上が闇に埋もれている。

……

「不味い」

血を唾と共に吐き出す。
そして持っていたものを背を向けている者に投げつけると、固い音がした。

「痛え! 石投げつけたの誰だ!」

楽しみを邪魔された少年が怒鳴って振り向くと、腕の無い身体が崩れ落ちた。

「お、おい……

祐一が息を呑む。
すると背中に鋭いものが突きつけられていた。
振り返った少年の首が跳ね上げられ、周囲は呆気に取られたまま尻餅をついた。

「覗いてるとこ悪いね。……取りあえず黙っててよ」

男が耳元で囁いている。
目の前の状況を楽しんでいるように取れる。
思わず出そうになった声をぎりぎりで飲み込んだ。

「音立てたら殺されちゃうよ?」

男がそういった途端、うろたえ叫び声を上げようとした一人が髪を掴まれ地面に引きずり倒された。
鮮血が滴り落ちる銀円を目の前にちらつかせると、身体を縮めて怯えだした。
残った者のうち二人は微動だにしない少女をそのままにして我先に逃げ出した。
すると小さな破裂音が三度、等しい間隔で鳴り響いた。

……アッシュ!」

男が周囲を見回しながら怒鳴った。
うつ伏せに倒れた少年は怯えきった顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
いつの間にか脛から血が流れている。
男が彼らの前に出て行くと、銀円を持った少年が嬉しそうに顔を上げた。

「柊さん。こいつ、光岡さんのところに送りましょうよ」

近くでは黒い服を着た男が少年二人にもう一度発砲している。
柊と呼ばれた男は長い金髪を後ろで縛っており、腰を抜かした少年に近づいた。

「殺さないで、殺さないで、殺さないで……

怯えきり何度も念仏のように唱えている。

「騒いだりしなければ殺さないって、な?」

蒼が莞爾として笑うと、何度も頷き余計に顔面蒼白にする。
そして少年を無理矢理引きずるアッシュの姿を見てから、少女の顔を見た。

「お前がキレんの分かるけど、こいつら……どうするんだよ。あの屍食鬼、スコア六つ増しで類を見ない連続殺人鬼ってことで決まりだな」

……柊、始末してくれ」

アッシュが呟いて二人の方へ促す。
柊が詰まらなさそうにして腰の道具入れからラジオペンチを取り出す。

「お前がやれよ」

ペンチを黒尽くめの男に手渡した。
男は片方の銃をしまい受け取ったペンチを見て、柊の意図に首を傾げた。

「目玉を潰すのか?」

その言葉を聞き、引きずられてきた少年たちが一様に眼を瞑った。
柊が酷薄な笑みを浮かべた。

「目は潰さない。……アッシュ、ペンチを貸せ。俺が見本をやる」

少年の一人を仰向けにする。

「や、ややや。何するつもりなんだよ!」

隣の少年が眼前でペンチをちらつかせる柊に這い寄ってくる。

「あれですよ、喉仏」

彼がおかしそうに言った。
アッシュが納得したのか一度頷いた。

「吸血種。今日はやけに饒舌だな。あれか? 女がアイツに似ているからか?」

そう言って喉にペンチの先を開いて垂直に当て、ほんの少し体重をかけた。

「ひ!?」

皆の目玉がペンチに注がれている。
それほど鋭利ではない先端が肉を破り、嫌な音がした。
突然少年が暴れ出す。

「暴れるなよ。……デモンストレーションのつもりだったが」

柊は片手で頭を押さえつけペンチで喉仏を挟んで、90度回す。
その衝撃に少年が自分の喉を掻きむしりだした。
アッシュがもう片方の銃を必死に暴れる少年につきつけて、引き金を引いた。

……?」

柊が首を振った。

「アッシュ、田良と本部長……それから中谷にも連絡を入れろ」

アッシュは頷いてから携帯電話を取り出した。

「吸血種、鞍馬とお嬢様にも話を通しておく。アッシュ、こいつら三人は生化学研に回せ。……おい、今日はいないのか?」

柊がわざとらしく周囲を見渡した。
一瞬祐一と目が合い、不敵な微笑を浮かべた。

「あの半人前のコスプレ巫女ね……

吸血種と呼ばれる彼は柊から目をそらして、力なく笑った。
すると喉と額から血を流す死体の傍から声があがった。

……あんたら、警察なんだろ。警官がこんなことしていいと思ってんのかよ。俺の父親は……

誰かが鼻で笑った。

「父親がどうしたって? お前には悪いが俺達……警察じゃないんだわ」

柊が前にも同じようなやり取りをしたのか、面白くなさそうに言った。

「せっかくだから冥土の土産に、面白いことを教えてやる。世の中には警察や任侠には相容れない業界がある。お前達が知らず知らず踏み込んだ化物を扱う業界、俺達の世界だ。狩るのは化物とお前らみたいな奴。……どうだ? 薬漬けのモルモットになる前に女とやれて本望だろ?」

モルモットの言葉を強調すると残りの二人の顔が強張った。
その様子に柊が満足したように見える。

「警察も行方不明者が三人ぐらい増えても、何にも感じないだろうよ」

祐一を一瞥し、歪んだ笑みを見せた。
すると公園の入り口で見かけた男女がにやにやと笑いながら近づいてきた。
そして祐一は音を立てないようにその場を離れる。

「う!?」

100m程歩いた時、何かにつまづいてしまう。
携帯電話で足元を照らすと、薄らと人間の手が見えた。
祐一は怖くなり、コンビニへ向かって走り出した。










某所。
白熱電球の瞬きを眺めていると、部屋のどこかから呻き声が聞こえてくる。
傷つき疲れた身体を動かそうとしたが、四肢につながれた枷が邪魔で思うようにできなかった。
首輪につながれた鎖が鳴るのも構わず、足元に捨てられた服を手ぬぐいと一緒に手繰り寄せた。

……今日で一週間」

手ぬぐいで身体の汚れをふき取っていく。
そして服の中から生徒手帳を取り出し、最初の見開きに書かれたカレンダーに爪で傷をつけた。
顔写真を懐かしそうに見て、自分の髪を触れる。
生徒手帳を元に戻してから左右を見渡した。
どこかの倉庫だろうか、相当遠くから声が響いてくる。
白熱電球が剥き出しの鉄骨から伸びており、大量の荷物が積み上げられていた。
ダンボールに文字が書かれているが薄暗くて読めない。
もう一度左右を見回した。
左側で裸の女性が死んだよう眠っている。
三時間程前戻ってきてからずっとこの様子だった。

……彼女、大丈夫ですか?」

右から女性を気遣う声がした。
顔をそちらに向けると、自分と同じくらいの少女の姿があった。
彼女もまた鎖でつながれている。

「身体は大丈夫よ。……でも」

精神の傷はどうなのか、女性と言葉を交わして見なければ分からない。
女性の叫び声と、獰猛な獣のような唸り声が聞こえた。
少女が耳をふさいでいた。
自分は声がする方向を睨む。

「酷い声……

他人事のように呟いたが、身体の節々からくる痛みは嘘をついていない。
少女が手を離しながらこちらにしゃべりかけてきた。

「私達はいつまでここにいるのでしょうか。……もう十日も、ここにいるのに」

「あたしに言っても答えられないわよ」

投げやりな言葉を返すと電球が小刻みに揺れているが見えた。
少女もこちらの顔を見ずに電球を見上げていた。
返す言葉も無く二人を沈黙が支配し、しばらくすると眠りに落ちていった。












翌日、女性の惨殺死体が発見された。











to be continued...



 

感想:流鳴さん、どうもありがとうございます。初めて小説をもらったので、少々テンション高くして読ませてもらいました。

全体的な感想は、後編にお書きしたいと思いますが一言だけ

 

マジで怖かったです()

 

うぅ・・・今日一人でトイレに行けるかなぁ・・・

それでは、重ね重ねいいますが、投稿ありがとうございました。