もし、断ったら晩御飯は生生姜のフルコース、或いは謎ジャムのフルコースだ。只の脅しだと思って一週間前に切れて奢らなかった時があったが、その晩本当にやりやがった。
しかもそれだけではない。水瀬家に居候する前に、両親から貰った預金通帳も残高が少なくなっていた。最初は200万もあったのに、今は5万を切ろうとしている。これでは買いたい物を買えるはずもない。というよりもこの街に来てから買ったものは教科書やCD数枚など数えるほどしかない。
そして……敵は名雪だけではない。
「祐一君、鯛焼きを奢って!」
「祐一〜、真琴にも肉まんを奢るのよ!」
「祐一さん、私にはバニラアイスを!」
そう。敵はあゆ・真琴・栞と他にも3人いるのだ。
ちなみに舞は卒業式の時に「今まで甘えていてごめん」と謝罪し、それ以後奢りを強要することはなくなった。
だが、こいつらは……絶対に自分がやってることがいかに悪いか全然気付いてない。
そのせいで彼女達の評判は一気に急降下し、彼女達のファンクラブは全て消滅した。そして、逆に俺は周囲から同情の声が高まり、俺のファンクラブまでできる始末だ。しかも、俺のファンクラブは現在も勢力拡大中だと言う。そして、同情の声はついには男子生徒の方からも上がり、今まで対立していた久瀬や斉藤とも和解することができた。
久瀬や斉藤と和解できたことは良かったと思うがこいつ等については本当に大きな問題だ。
だって、誰も彼女達を止めることができないのだから。
秋子さんは名雪達に甘いし、香里や北川でも無理だったのだから。
香里は栞の罵声でいつも石化され、北川はこの前奢りを止めようとしたら名雪達にボコボコにされたのだから。
「はぁ」
俺が溜め息をついたその時だった。
「さあ、祐一。おとなしくイチゴサンデーを奢るんだぉ」
「えぅ〜。私にもバニラアイスを奢って下さい」
「あぅ〜。真琴にも肉まん」
「ボクも鯛焼き〜」
声に反応して後ろを振り向くと、名雪達は4人が揃って奢りを強要してきた。しまった。いつの間にか囲まれた。どうしよう。逃げられる方法は……無いな。
そして俺は……
「……分かったよ」
自分の感情を押し殺して言う。
結局、今日も百花屋でこいつらの好物を奢るハメになった。
ったく、7年前の過去にケリをつけたっていうのに。
「う〜ん。このイチゴサンデー美味しいんだぉ〜」
「スペシャル・バニラアイスも最高です」
「まだ肉まんがあったなんてラッキー」
「うぐぅ〜。鯛焼き美味しいよ〜」
四人は百花屋で自分達の好物を堪能する。
しかし、俺はそれを見ているだけだ。
いつもならコーヒーを頼んでいるが金に余裕がないので飲むことができない。
そして、周りを見ると店長やウェイトレス、常連客が俺に哀れみの視線を送る。
どうやらここでも俺は同情されているようだ。
まあ、ほぼ毎日通ってるんだからそれも当然か。
そして、緑色の髪をしたウェイトレスが俺達がやって来て利用しているテーブルに伝票を置いていった。
俺は彼女達が今食べているのを見て「はあ」と溜め息をついた後に伝票に目を通す。
こいつらが食べている物や数から見て今日は一万近く飛びそうだ。
そして、最後に合計金額を見る。そこには……俺の名前が書かれていた。そう、たしかに
相沢祐一と。
って、待てよ。何で合計金額が俺になっとんねん。見間違いと思いもう一度確認する。しかし、確かに合計金額のところに相沢祐一と書かれていた。
ビーッ!!
俺はテーブルに設置されている従業員呼び出しベルを鳴らす。するとすぐにさっき俺達が利用していたテーブルに伝票を置いた緑色の髪をしたウェイトレスがやってきた。
「はい、お客様どうなされましたか?」
「伝票の合計金額に俺の名前が書かれているけどこれはどういうことなんだよ?」
俺はウェイトレスにそう言って伝票を渡す。
「ああ、これですか。これはそのままの通りですが」
ウェイトレスは笑顔で言う。
「いや、だから。その意味が分からないんですが……。」
俺はそう言ってもう一度ウェイトレスに説明を求める。すると……
「はぁ。やっぱ分からなかったか。まあ、ここに引っ越す時に魔法で髪を長くしたから気付かなかったのも当然だと思うけど……いい加減ボクだって気付きなよ祐ちゃん」
ウェイトレスのその言葉を聞いて俺は彼女の顔をじっと見る。……何かどっかで見たことが。
「髪の色とその一人称からして……まさか亜沙さん?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「……やっと気付いたようだね。そうだよ。君の幼馴染かつ恋人の時雨亜沙だよ」
ウェイトレスもとい亜沙さんはそう言うと笑顔で頷く。
「どうしてここに?此処の近くの大学に受かったことは聞いたけど何でこんな早くに」
「君に会いたくなったから」
「いつからこの街に?」
「一週間前。つまりバーベナ学園を卒業した次の日から」
「じゃあ、今は何処に住んでいるんですか?」
「祐ちゃんの家。此処に来る前に祐ちゃんのお母さんが『新居が最近完成したから良かったら使ってくれ』って言ったから」
「最後にこの伝票の意味は?」
「そのまんまの意味よ。分かり易く言えば相沢家に引っ越せってことよ」
「そうですか。じゃあ、準備とか必要ですね」
「あっ、そのことだけどもう終わってるから問題ないよ。バイトの前に君がお世話になってる水瀬家に行って荷物は全部渡してもらったから」
亜沙さんとの会話がそこまでいったその時だった。
バンッ!!
「祐一、それどういうことだぉ!?引っ越すなんて私は絶対許さないよ!!」
名雪が俺達の様子を見るやいなやテーブルを思い切り叩いて叫ぶ。血管を浮かしながら。
そして、名雪のその言葉にあゆと真琴の二人も云々と頷く。
「別にお前等に反対される筋合いはない。これは俺の母親が決めたことだから」
「じゃあ、帰ってこないというのなら今夜は真琴とあゆちゃんのくそまずい料理に謎ジャムと紅生姜を添えたものにするよ!!」
名雪のその言葉を聞いてあゆと真琴の二人は石化し、俺と亜沙さんは名雪の発言に呆れて溜め息をつく。
「名雪……お前馬鹿か。引っ越すんだからその料理も役立たずだろうが。水瀬家に帰らないんだから」
俺の言葉に亜沙さんは頷く。だが、そこで参る名雪ではなかった。
「でも、引越なんてお母さんが絶対に認めないんだぉ!!」
名雪はそう言って反論するが、その言葉に亜沙さんはエプロンのポケットから一枚のプリントを出す。それは……俺の引渡しに関する最後通告を纏めたものだった。しかも、文面をよく読むと引渡しに応じない場合裁判所に訴えるとまで書かれていた。
「これ見せたら渋々だけど了承してくれたよ」
亜沙さんはそう言ってニヤリと笑う。
「で……でもお母さんには謎ジャムがあるんだぉ。そう簡単に了承するわけ……」
「あっ……それって確かオレンジ色のすっごくまずかったジャムのことだよね?もしそれだと言うのなら、さっきの書類を見せた後に確かに出されたけど……『このジャムの材料の作った人を冒涜してる。謝罪すべきだ』って言ったらブッ倒れたよ。まあ一緒にいたカレハも『罰ゲームの時にしか使い道がありませんわね』って言ったのもあると思うけど……。」
「「……。」」
俺と名雪は亜沙さんのその言葉を聞いて言葉を失った。謎ジャムはいつかそういわれる時が来ると思っていたが、そこまで酷く言う人がいるとは思わなかったからだ。
って言うかカレハさんも一緒だったんかいと言いたくなった。
だが、少ししてから名雪は立ち直る。
「じゃ、じゃあ貴女は一体何なんだぉ?さっきから祐一とイチャイチャしてるし」
このままでは形勢不利と思ったのか話を亜沙さん本人の話に変える。
「ボク!?さっきも言ったと思うけど祐ちゃんの幼馴染で前の学校から付き合ってる恋人だけど」
バンッ!!
亜沙さんのその言葉に名雪は再び机を叩いてキレた。
「ふざけないで!!祐一は私が一番最初に好きになったんだから私のものなんだぉ!!」
「「……。」」
俺と亜沙さんは名雪のその言葉に再び呆れる。いや、もう失望したと言ってもよかった。そして……
「祐ちゃん行くよ!!」
亜沙さんは我慢の限界がきたのか俺の腕を掴んで引っ張る。そして……
「店長。すみませんが、今日は見ての通り急用が入りましたので早退させてください」
そう言ってこの店の店長に早退を願い出る。店長は亜沙さんの目を見て、ガタガタと震えながら首を楯に振り了承した。
「店長の許可が下りたから帰るよ!!」
そう言って俺の腕を掴んだまま相沢家に帰ろうとするが……俺はそれに従うことができなかった。
名雪達が食べたイチゴサンデー等の代金は誰が払うのかどうしても気になったからだ。
「どうしたの!?」
「いや、今回名雪達が食べたイチゴサンデー等の代金は誰が払うのか気になりまして」
「別に気にする必要なんてないよ。もし払えなかったりしても自業自得なんだし」
そう言って店を出ようとしたその時だった。
「逃げる気!?祐一の恋人と言ってるくせに?」
名雪がそう言って俺達を引きとめようとする。名雪のその言葉に亜沙さんは……
「別に逃げる気はないよ。只、君のいや……これ以上君達の顔が見たくなくなったから店を出るだけさ。君達が噂通り……いや噂以上の人達だったから」
冷ややかに言う。だが、言葉からして挑発しているようにしか聞こえない。
「噂?」
「うん。この街に来る前に君達のことは一通りネットで調べたけど……あの奇跡から随分奢りを強要したり我儘言ってるね。しかも、普通の人なら失望するほど」
「そんなの関係ないんだぉ!!噂は所詮噂なんだから!!」
「でも、この一週間この店でバイトして君達を見て思ったよ。君達は……特に君はネットで書かれてること以上に我儘だって」
「それで、何だというんだぉ!!」
名雪は亜沙さんの言葉を聞いて開き直る。だが……
「だから、ボクは祐ちゃんに奢りを強要して苦しめた君達を許さない!!例え祐ちゃんが許すと言っても絶対に許さない!!そして、もう奢らさせない!!」
「……。」
俺は亜沙さんのその言葉に何も言えなくなった。そして……
「許さないのはこっちの方だぉ!!せっかく幸せになってたのに……貴女のせいでそれが壊れたんだから!!」
名雪も負けずに言い返す。
「それって……宣戦布告!?」
「そうだぉ。貴女のようないきなり来た女に絶対に祐一は渡さないんだぉ!!」
「そう。君がそのつもりならボクも受けて立つよ!!そして……君達にいや特に君には絶対に渡さない!!祐ちゃんの為にも、そして君達の為にもね!!」
亜沙さんはそう言うと俺の腕を引っ張って百花屋を出た。
俺達は百花屋を出た後お互いに何も言わずに相沢家へと歩く。だが……
「祐ちゃん、さっきのこと怒ってる?」
亜沙さんがいきなり俺に質問してきた。それに対して俺は……
「確かにあれは驚きましたけど……別に怒ってはいませんよ。亜沙さんは普通なら俺が言わなければいけないことを俺の代わりに言っただけですから」
とフッと笑みを浮かべて言う。
その言葉を聞いて亜沙さんは……
「相変わらずだね君は。誰にでも優しいトコ全然変わってない」
と笑顔で言った。
亜沙さんの笑顔を見て俺もこの人も全然変わっていないと思った。
正直に動くところや面倒見がよく優しいところが……。
そんな彼女を俺は好きになったんだし。
だが、そこで俺は百花屋で置いてきた名雪達のことを思い出す。
やばいな。間違いなく俺と亜沙さんを別れさせる為に明日から色々やってくるな。何せ亜沙さんにあれだけ言われたんだから。
「どうしたの祐ちゃん?顔が真っ青だけど?」
「えっ!?」
「もしかして彼女達のこと?」
「……。」
スルドイ。はい、まさしくその通りです。そう言いたくなったが何故か言えなかった。
「まあ、間違いなく攻撃をしかけてくるね。でも、もしそうならボクも反撃するだけだよ。攻撃を仕掛けられて反撃しないほどボクはお人好しじゃないから」
亜沙さんのその言葉を聞いて俺は今度は暗くなった。やっぱ戦いは回避不可能と分かったからだ。
「でもまあ、ボク達なら大丈夫だよ。ボクのお母さん譲りの魔力と君の『奇跡の力』ならね」
「えっ!?」
「気付いてないとでも思った。この街で起きた5つの『奇跡』は君が起こしたってみんな気付いてるよ」
「……。」
亜沙さんはそう言って笑う。そして……
「あのう……そのことにどれくらいの人が気付いています?さっきみんなって言ってましたけど……。」
「神王様と魔王様は当然気付いてるけど、他にはカレハにシアちゃんにリンちゃんに楓にリムちゃん、あとは稟ちゃんに緑葉君かな」
「そうですか……。知ってる人ばかりに気付かれていますね」
俺はそう言ってがくっと肩を落とす。
「そ……そんなに落ち込まないでよ。別にそのことは誰にも言ってないから」
「そうですか……。気の利いた対応感謝します」
俺はそう言って礼を言う。そして……
「でも、名雪達についてですが具体的にはどうするつもりですか?」
話を元に戻す。
「う〜ん、そうだね。どうしよう?具体的な計画はまだ立ててないからな」
亜沙さんはそう言って考える。そして数分後……
「やっぱ、ダメだ。どうしてもいい考えが浮かばないや。だから、祐ちゃんの家に帰ってから一緒に考えよう」
マイペースな答えがかえってきた。
だが、俺はそこが亜沙さんらしくて良いと思う。そして……
「くすっ」
思わず笑ってしまった。
「あっ、祐ちゃん笑うなんて酷いよ〜!!」
亜沙さんはそんな俺を見て少し怒る。
「あっ、すみません。何か亜沙さんらしい答えだなあと思ったらつい……。」
「それ、どういうこと?ちょっと酷いよ」
そう言って、俺の腕を掴む。そして……
「んっ……。」
いきなり俺の唇にキスをした。そして・・・少ししてから唇を離す。
「でもまあ暗い気持ちを吹き飛ばしてちゃんと笑うことができたから許してあげる。それに……7年前の過去に終止符を打ったご褒美がまだだったからね」
亜沙さんはそう言ってぺロッと舌を出す。その言葉を聞いて俺は……
(この街に引っ越す時に亜沙さんと交わした約束……7年前の過去にケリをつけることができたらご褒美をって……確かに約束したな。すっかり忘れてたな)
あの時……この街に引っ越す前に亜沙さんと交わした約束を思い出した。
「祐ちゃん、いつまでも呆けてないで帰るよ。カレハも家で待ってるんだから。それに、彼女達の対策だけじゃなくて祐ちゃんが引っ越した後に稟ちゃん達がどうなったのかとか話すことはいっぱいあるんだから」
「あっ、はい。でも、ちょっと待ってください」
「何?」
「百花屋で亜沙さんが言った『名雪達の為にも』という言葉ですがどういう意味なんですか?」
「ああ、あれの意味?そのまんまだよ」
「えっ!?」
「あの娘達だけどあのままで本当に幸せになると思う?このままだと社会に出た時に間違いなく破滅するよ」
「まあ……確かにそうですね。特に名雪なんて未だに一人で起きることすらできない状態ですからね」
俺はそう言って亜沙さんの説明に納得する。
「そうか。そこまで腐ってると言うのなら尚更負けられないね。」
亜沙さんは名雪がどういう人間であるかを知って俄然やる気満々になる。そして……
「でも、祐ちゃん。本当にボクなんかでいいの?」
「!?」
「ボクは今では魔法を使って何とか自分の身体を保っているけどいつどうなるか分からないというのは今でも変わらないんだよ」
「……。」
俺は亜沙さんのその言葉を聞いて何も言えなくなる。しかし……
「ああ。7年前のあの日から……この街から帰ってからショックでずっと自分の部屋に引き篭もっていた。でも、母さんから亜沙さんのことを聞いて自分がどれだけ甘ったれていたのかが分かった。亜沙さんと出会ったから今の俺がある。だから、これから先何があっても後悔しない。それに、今の俺には『奇跡の力』があるからどんなことがあっても絶対大丈夫ですよ。それに、亜沙さん言ったじゃないですか。俺の為にも名雪と戦うって」
数秒後に笑顔で答えた。その言葉に亜沙さんは……
「……そうだったね。何弱気になっていたんだろう。これから二人で幸せにならなきゃいけないのに。君をボクに託してくれた人達の為にも。そして、君と同じ強さを持ったあの人の為にも」
そう言って俺の手を掴む。
「どうかしました?」
「走るよ!!これからの戦いに勝つ為に気持ちを早く切り替えたいから」
「はっ、はい!!」
俺は亜沙さんに押されて一緒に相沢家まで走った。
亜沙さんとの再会。
それは新たなトラブル続きの日々の始まりでもあった。
これから色々大変だと思うが、俺達なら絶対大丈夫だと思う。
今までもそうだったから。そして、きっとこれからも……。
それに、俺達の絆は誰よりも強いものだから。