2月13日 PM11:55 白河家
「……よし。何とか間に合った」
白河ことりはキッチンにかかっていた時計を見て静かに呟く。
キッチンのテーブルに置かれているのは2つの手作りチョコレート。しかもラッピング済みだ。
「朝倉君に渡すのはこれで良し。私以外にも渡す人はいると思うけど音夢さんのチョコを考えたら渡さないとな……。気の毒だし……。」
そう。彼女は翌日のバレンタインデーに渡すチョコレートを作っていた。と言っても大学受験のこともあるので作ったのは2つだけだが。
「でも、問題は祐一君に渡すチョコの方だね。今日届いたメールには15日に私大の試験を受けに行くと書かれていたけど何処の大学かまでは書かれてなかったしな。本当にどうしよう」
そう言って考えるが良いアイディアは出てこない。
「住んでる北の街は……多分いないか。せめてヒントになる言葉だけでも書いておいて欲しかったな」
とその時だった。
プルルルル!!
ことりの携帯電話が鳴り出す。
「はい、もしもし白河ですが……。」
『もしもし、白河さん。こんばんは』
「あっ、その声は芳乃さん?」
『うん、そうボクだよ』
「こんな夜分遅くにどうしましたか?」
『明日バレンタインデーだよね。それで、バレンタイン用のグッドな情報を伝えておこうと思ってね』
「グッドな情報ですか?」
さくらのその言葉にことりは首をかしげる。
『うん、そう。とってもグッドな情報。相沢祐一君が2月14日に何処にいるのかと言う情報について』
「えっ!?」
『あっ、やっぱ驚いたか。で、2月14日に何処にいるかについてだけど東京だよ』
「東京……ですか?東北とか北海道とかじゃなくて」
『うん。彼、今住んでる家から出たがってたからそこら辺の大学は私大でも受験してないよ。まあ、裏をかいてる選択だけどね。でもさ、明日にチョコレートを渡すのは止めた方がいいよ。理由は想像出来ると思うけどね』
「そうですね……。確かに明日は止めておいた方がいいですよね。次の日が受験ですしね」
だが、此処でことりはあることを思い出して質問する。
「でも、芳乃さんって祐一君のこと詳しいですけどどうしてですか?」
『どうしてって……従兄弟だから。メールでも週に4、5回やりとりしてるしね』
「従兄弟だからか。なら、教えてくれてもよかったのになあ」
『聞かなかったから言わなかっただけだよ。それに、白河さんと祐一君の関係は知ってたけどね』
「そおっすか……。でも、メールと言えども私以上に情報のやり取りが出来る仲と言うのかちょっと妬けますね」
『……勘違いしないでよ。ボクと祐一君は白河さんが考えてるような仲じゃないから。只の友達ってだけだからさ』
「そうですか。(ホッ)」
『で……白河さん。どうするの?東京行くの?』
「えっ?」
『だから、チョコ渡しに東京行くの?もし行くというのなら東京までの足確保してあげるけど』
「えっ……?(どうしよう。東京行きたいけど……受験近いしな)」
ことりは悩む。だが、次のさくらの言葉がどうするかを決定する。
『ちなみに彼が住んでる家に郵送すると言う手段は止めておいた方がいいよ。彼が住んでる家……水瀬家だけどそこの娘さんが音夢ちゃん並みかそれ以上に電波能力と腹黒さのある人だからね。だから、もし郵送なんかしたら分かるよね?』
「うっ……。」
ことりはさくらのその言葉で何も言えなくなる。そして、次の言葉がどうするのかを決定する。
『あっ……言い忘れてたけど彼が受ける私大だけどね、工藤君も同じところを受験するみたいだよ』
「やっぱり行きますので手配の方お願いします!!」
さくらのその言葉を聞いて行くことに決めた。
『OK。なら、明日の朝までに用意しておくね。それでは、おやすみ』
プッ!!
そこで電話は切れる。そして……
(そっか。叶ちゃんも祐一君が受ける私大を受験するんだ。全然気が付かなかった。祐一君は叶ちゃんの正体に気付いていないと思うけど……万が一ってこともあるしね。叶ちゃんも祐一君のこと狙ってると思うし。そう考えたら、例え一日遅れだとしても自分の手で渡した方がいいよね)
そう思いながらキッチンの時計を見る。午前0時過ぎ……つまり2月14日になっていた。
一日遅れのバレンタイン
今日は2月14日。俗に言う聖バレンタインデーだ。
だが、彼 相沢祐一にはそれは関係ない。
何故なら明日が申し込んだ私立の受験の日であるからだ。
と言うことで彼は朝からずっとホテルで勉強をしていた。
カリカリカリカリ!!
そして、暫くして手を止めて背伸びをする。
「う〜ん、やっぱり誰にもチョコを渡されないバレンタインデーはやっぱり落ち着くな」
つい本音を漏らしてしまう。まあ、この様な台詞を女にモテない男の前で言ったら間違いなく袋叩きに遭うが。
だが、彼にとってはバレンタインデーは厄日でしかない。
毎年、多くのチョコレートを貰うハメになるからだ。しかもその量も半端ではない。リアカーまで用意しないと持って帰れないと言う有様だ。
毎年断ったりしているが、気が付くと自分の席にチョコが置かれていると言うケースも後を絶たない。
最終的には持って帰って半年か一年近くかけて全部食べ終えると言うことになっている。
チョコを貰えない男子生徒から嫉妬の目で見られ最悪攻撃されると言うことも毎年のように起こっていた。
ちなみに去年は北川・久瀬・斉藤を中心とした男子生徒達から攻撃された。勿論、その度に撃退しているが。
なので、相沢祐一にとってバレンタインデーはバッドデーでしかなかった。
だが、今年は事情が違う。次の日が私大の入試と言うことで住んでいる北の街から離れることができたのでチョコレート地獄から解放された。今頃、名雪達は大騒ぎしているだろうが知ったことではない。
とその時だった。
トントントン!!
ドアを叩く音が聞こえたので出ることにする。
「……ルームサービスは頼んでない筈だけど誰だろう?」
祐一はそう言ってドアを開ける。と其処には……
「……工藤か」
そう。年末年始の予備校の合宿の時に友達になった工藤叶が立っていた。出会いはことりの紹介だが。だが、ここであることに気が付く。
「って、工藤お前どうして此処のホテルに?」
「受験の為。明日、志望大の試験日だからな。それで今日はこのホテルでカンヅメって訳だ」
「そっか、俺と同じだな。で、何の用だ?」
「昼に相沢がこの部屋にいると知ったから差し入れ持ってきた」
叶はそう言って祐一に綺麗にラッピングされた包みを渡す。
「これは……もしかして……。」
「チョコレートだよ。今日バレンタインデーってことでホテルの近くのケーキ屋で買ってきた」
「やっぱりか……。」
「ああ、でもこれでも考えてるんだぞ。頭が疲れた時には糖分を摂取するのが一番良いからな」
叶はそう言いながら子悪魔のような笑みをする。
「まあ、いいや。ありがとう」
祐一は魂が抜けたような声で礼を言う。
「おいおい、礼ならもっと元気よく言えよ。しかも、全然嬉しそうじゃないし。今年は受験生と言うことで只でさえチョコを貰える確率が低い年なのに……ってお前には関係ないか」
「ああ、関係ない……と思う」
「あっ悪い。まあ、俺も似たようなもんだ。でも、捨てるのは止めてくれよ」
「安心しろ。それはしない」
「そっか……ありがと。じゃあな」
叶はそう言ってダッシュで去っていったl
「あいつ……何で逃げるように。俺、何か悪いこと言ったかな」
祐一はそう言って自室に戻った。そして……
「でも、このチョコは……美味しいけどどう見ても買ったモノとは思えないな。形や味付けが製品化してないし」
頭が疲れたところで叶から貰ったチョコを食べるが、そのチョコのことで疑問が出てきた。
「まあいいや。今は勉強勉強っと」
そう言って明日の本番に備える。
そして、それから1時間後……
「よし、もう寝るか……。」
明日の試験に備えて寝ようとしたその時だった。
プルルルル……。
携帯電話が鳴り出す。
「……こんな時間に一体誰だよ。はい、もしもし……。」
『あっ、祐一君か。やっほ〜!!おひさ〜!!』
「その声はさくらか」
『ぴんぽ〜ん!!君が明日私大の受験だって聞いてちょっとね』
「そうか。でも、電話なら明日の試験が終わってからでもいいんじゃないのか」
『やだ!!と言うよりも君なら日本の大学なら勉強なんかしなくても何処受けても受かるじゃん』
「君……3年前のことまだ根に持ってるのか」
『うん。君がボクと同じアメリカの大学に合格したのにも関わらず『つまらない』と言って蹴ったことそう簡単に忘れられると思う?』
「……。」
さくらのその言葉に祐一は何も言い返せなかった。だが、このままでは埒が空かないので彼の方から話を切り出すことにした。
「で……本題は何?話はそれだけじゃないと思うけど」
『うん。じゃあ、聞くけどさあ君明日何時頃東京を出るの?試験終了後だから夕方辺りになると思うけどさ』
「そうだな。試験問題の見直しの時間等も入れたら午後6時半くらいに新幹線で帰るつもりだけど」
『そう。それって東京駅から?』
「ああ。と言っても6時にはもう東京駅にいるつもりだけど」
『そう、分かった。ありがとう。じゃあ、明日の試験頑張ってね。もし落ちでもしたら電動バリカンで坊主頭にするから覚えておいてね』
プッ!!
さくらがそう言うと電話が切れた。
「何で俺の予定なんかを……まあいいか。今は明日の試験のことだけを考えよう。滑り止めと言えども油断はできないしな」
そう言うと深くは考えずにそのまま寝ることにした。
そして次の日……
「よし。何とか予定通り試験開始の30分前に到着っと」
祐一は試験会場の自分の席で呟く。とその時……
「あっ、相沢」
叶と出会ってしまう。
「工藤。今日受験だって言ってたけどお前も此処の大学だったのか?」
「ああ、そうだけど。でも、本当に面白い偶然だな」
叶はそう言ってあははと笑う。そして……
「まあ、いいや。お互い頑張ろう」
「ああ。合格しないとお婆様に何と言われるか分からないからな」
「もしダメだった時は俺に連絡しろ。相談くらいは乗ってやるから」
「お前だけにはそんな不吉なこと言って欲しくはなかったけど……ダメだった時は頼むな」
そう言い合ってお互いの席に着く。
そして、それから30分後……試験が開始した。
(ここの問題は4で、次の問題は……。)
祐一は順調に問題を解いていく。そして……
(よし、これで全問回答完了っと)
第一教科目を終える。それからは何処か間違っていないかをチェックして解答用紙を裏返す。
それから、昨夜のさくらの電話のことを考えることにした。周囲の受験生の様子を観察すると言うのもいい退屈凌ぎになると思ったが、カンニングと間違えられたら厄介だと思い止めることにした。
(どうしてさくらは昨夜はあんなことを……バレンタインを考えてもあいつの場合は純一以外の相手には絶対直接チョコを渡したりはしない。俺に渡す場合は毎年郵送だ。まあ去年は俺が留守だった時に水瀬家に届いたからあゆと真琴に食われたけど)
そう思いながら考えるが良い考えは出ない。だがその時……
(ひょっとしてことりか……?)
正月に自分に告白した少女 白河ことりの顔が思い浮かぶ。
実際、定期的に彼女から送られてくるメールにはさくらやもう一人の従兄弟 朝倉純一の名前が何度も書いてあった。ことりがさくらと純一とは何らかの関係があるのは間違いないだろう。そして……
(だとしたら待ってるのはことりか……?)
ことりが自分が言った時間に待っているのかも知れないと思う。しかし……
(いや……それはないか。志望の国立大の入試まで後10日しかないこの時期にわざわざ東京までチョコ渡すような真似する訳ないよな。彼女が余程の自信家でない限りは……。)
そう考えて再び解答用紙を表にして再び見直しを始める。
キ〜ンコ〜ン!!カ〜ンコ〜ン!!
そして、全ての教科が終了する。
周りを見ると笑顔だったり、落ち込んでいたり様々だった。
(こんな光景もまあ当然か。ここで受験終了と言う人もいるしな。って、俺はまだ国立が残っているから早く帰る準備しないとな)
祐一はそう考えて筆記用具等を鞄にしまう。と、その時だった。
「よう、相沢。調子の方はどうだった?」
叶が祐一に今回の受験の出来具合を聞きに来た。
「何とかできたよ。答えが分かった箇所は全部書いたしミスがないかの確認もちゃんとした。だから、多分だけど大丈夫だと思う」
「うわっ、余裕な発言。流石ことり以上の優等生だな」
「そう言うこと言うのやめてくれない?あまり好きじゃないからさ」
「あっ、悪い」
叶はそう言って祐一に謝罪する。
「で、お前の方はどうなんだ?」
祐一のその質問に叶はギクッとなる。
「お……俺の方か。ま……まあまあかな」
叶は軽く笑いながら言う。だが、台詞が棒読みなところと目線が合っていないことから「自信がない」と祐一にはすぐに分かった。
「まあ……まだ結果は分からないんだし深く考えるな」
「……そうだな。でも、ホントにお前やことりとの差を実感するよ」
「だから、そう落ち込むな。試験なんか運もあるんだし。最後の模試でD判定の人間が合格する場合もあれば、その逆にA判定の人間が落ちる場合だって現実にあるんだしな」
祐一は焦りが混ざった表情で叶を励ます。そんな祐一に叶は……
「ぷっ。あっはははは」
笑った。
「えっ?」
「いや〜悪い。お前もそんな顔できるんだと思ったらつい可笑しくてな」
「……それどういう意味だ?」
「いや、予備校で見た時のお前っていつも寡黙で『つまらない』って言ってるような表情だったからさ。あんな顔をするとは正直意外だった」
「そうか……。」
「ああ。でも、今のお前の方が人間味があってずっといいぞ。まあ、あの時のお前もクールな感じがして悪くはなかったが……俺は今のお前の方が……好きだぞ」
叶は少し顔を赤くしながら言った。
「おい……工藤大丈夫か?顔赤いぞ」
祐一はそう言って叶の額に手を当てようとするが……
「あっ……悪い。そろそろ帰らないと。じゃあな!!」
「おっ……おい」
叶は顔を赤くしながら教室から走り去っていった。そんな叶に祐一は暫く呆然となるしかなかった。そして……
「やっぱり今日の俺も俺らしくないな。あんなことを言うなんて。受験勉強疲れで調子が狂ってるのか?それとも元々狂っていた調子が元に戻り始めているのか?」
そう呟きながら考える。だが、答えは出ない。
「まあ、いいや。俺も出よう。昨日の夜のさくらの言葉も気になるしな」
そう言って大学をあとにした。
それから、1時間半後……東京駅の新幹線乗り場の近くに到着する。
「よし、40分後の新幹線で何とか今日中には帰れるな」
祐一は新幹線の電光掲示板を見ながら呟く。とその時だった。
「んっ……あれは?」
赤く長い髪の少女を見つけてしまう。
(まさか……ことりじゃないよな?)
そう思うとその少女の元へと走った。そして、彼女の近くまで来たその時……
「あっ、祐一君お久しぶりっす」
ことりが挨拶をしてきた。
「やっぱり……ことりだったか」
祐一は驚きを隠さずに言う。
「ええ、驚きましたか?」
「驚くよ。流石の君でも第一志望の大学の入試の10日前という時期にはこんなことまではやらないって思っていたからね」
「あはは。でも、裏をかくのは兵法の常識ですよ」
「そうだけどさ……何でこんなとこまで。まあ、大体察しはつくけどね」
「やっぱ分かりますか。でも、一日遅れになってしまいましたが……私の気持ち受け取って下さい」
ことりはそう言って祐一にチョコを渡す。そして、祐一は……
「あ……ありがとう」
少し焦りながらも礼を言ってチョコを受け取る。だが、此処であることに気が付く。
「ねえ、何時から待ってたの?手が冷たいけど」
そう。ことりの手が冷たかったのだ。
「え〜と1時間くらい前からですね」
ことりのその言葉に祐一は何も言えなくなる。
「悪いけどちょっと待ってて」
そう言って自販機まで走る。そして、数分後に戻ってきた。
「はい、これで温まって。って、おしるこで良かった?」
祐一はそう言っておしるこの方をことりに渡す。
「はい、いいです。あっ……ありがとうございます」
少し顔を赤くしながらおしるこを受け取った。ちなみに祐一が飲んでいるのはブラックコーヒーだ。だが、祐一のブラックコーヒーを見てことりは……
「本当にコーヒー好きなんですね」
と言う。
「うん。甘くなくて飲みやすいからね。受験勉強の際に徹夜する時はいつも飲んでるよ」
祐一は表情を変えずに言う。
「そおっすか……。なら、甘いものとかは……。」
「あまり好きじゃない。コーヒーとかでも砂糖を入れずに飲む方だし」
(しまった!!)
祐一のその言葉にことりの顔は一気に青くなる。先程彼女が祐一に渡したチョコは普通の甘いチョコだ。ビターチョコにするべきだったと後悔する。
「あ、でもバレンタインにもらったチョコは毎年全部自分で食べてるからチョコのことだったら心配しないで」
祐一のその言葉でことりは少しホッとする。だが、ここで話を切り替えることにした。
「正月にした告白についてですけど答えって出ましたか?」
一番気になっていた質問をする。
「その質問についてだけど……。」
「はい……。」
「ごめん……。あれから受験勉強等の合間に考えてみたけどまだ答えは出せてない。だから……もう少しだけ待って欲しい」
祐一はそう言って軽く頭を下げる。それに対してことりは……
「祐一君……いじわるです」
と悲しみを含んだ笑顔で言う。
「『ごめん』と言われたらもうダメだと思ってしまいましたよ。でも……それならいいです。いつまでも、返事待ってますから」
そして、よく見ると泣いていた。
と、その時だった。
『間もなく18時30分のぞみ6号北海道行きが参ります。お乗りである方は……。』
祐一が乗る新幹線についてのアナウンスが流れてきた。
「あっ、もう時間だ。どうしよう……。」
祐一は迷う。何時もの自分なら乗っている所だが泣いていることりを放って置くわけにもいかなかったから。だが、その時だった。
「……行っていいよ」
「えっ?」
「私は大丈夫ですから……行って下さい。それと、こちらこそごめんなさい。急に泣いたりして……。」
「でも……。」
「私は大丈夫ですから……行って下さい。私も……もう目的は果たしましたから。それに、すぐに帰りますから……。」
ことりのその言葉に祐一は迷う。そして……
「……分かった。帰るよ。でも、本当にあんな事言って悪いと思ってる。だから……ごめん」
祐一はそう言って再び頭を下げると改札口を抜けた。そして……
「これで……良かったのよ。まだ……終わってないと分かったから。朝倉君の時とは違って……まだ希望はあると分かったから」
ことりもそう呟いてその場を立ち去った。
それから数時間後……
(やっぱり俺らしくないな……。)
新幹線から降りて水瀬家まで歩いている途中で祐一は心の中で呟く。
(北川達に聞いたら「付き合えばいいじゃん」と言われると思うが付き合うと言うのはそんなに単純なことじゃない。付き合うと言うことはつまり、好きな人と時間を共有し、互いに有意義な成長を与え合おうとする行為だ。みんなはどう考えてるか分からないが少なくとも俺はそう考えている。)
そして、付き合うと言う言葉の意味を再確認する。
(そう考えてるからこそ今まで告白されても断ってきた。付き合っても何も得られるモノもないと分かるから。それに、俺と付き合っても互いに傷つくだけだと分かってるから。でも、どうしてだろう。どうして今日ことりと出会った時……断らずに又あんなことを言ったんだろう)
その時だった。
プルルルル……
携帯電話が鳴り出す。
「はい、もしもし……。」
『あっ、祐一君やっほ〜!!』
「……その声はさくらか。今夜はどういう用件で電話してきたの?」
『今日の私大の試験どうだった?』
「まあまあってとこかな。ベストは尽くしたけど」
『そう、なら大丈夫だね』
「まだ分からないだろ。ダメって場合だってあるんだから」
『君の場合はないない。と言うよりもさ、ボク以外の人にそう言うこと言わない方がいいよ。嫌味に聞こえるから』
「……。」
さくらのその言葉に祐一は何も答えない。だが、その時だった。
『じゃあ話変わるけどさ、今日白河さんと会わなかった?』
「会ったよ。バレンタインのチョコも貰った」
『そう。なら良かった』
「で、一応聞くけどさ……ことりの背中押したの君じゃないの?彼女一人では俺が何処の私大を受験するかも分からないし……何処受験するかを唯一教えた君が情報をリークして背中押したと考えられるんだけど」
『はて?何のことやら?』
「とぼけるなよ。君……俺とことりをくっつけようとしてるんじゃないの?」
『……。』
祐一の質問にさくらは沈黙する。だが、少し時間が経って……
『……そうだよ』
開き直ったかのように肯定する。
「そうか。なら、どうして俺とことりをくっつけようとする?答えろよ!!」
祐一は怒りを含んだ声で言う。だが、その時……
『悪いけど……今はその理由は教えられない。でも、これだけは分かって欲しい。君達二人の為だよ。まあ、ある意味ボクの為でもあるけどね』
さくらの返事が来る。
「それ、どう言う意味だよ。俺とことりの為って!!それに俺とことりをくっつけて君に何の得がある?」
『聞いてばかりいないで少しは自分で考えなよ。と言うよりも自分の今までの人生を振り返って考えてみたら。そうすれば答えは出てくる筈だよ』
プッ!!
そこで電話は切れた。
「おい、さくら!!待てよ!!」
祐一は文句を言うがその言葉はさくらに届かない。ただ、空しく「ツーツー」と言う音が聞こえるだけだった。
「ったく、さくらも何考えてるんだよ。俺とことりをくっつけようとするなんて」
祐一は怒りを込めて文句を言う。だが、すぐに頭を受験のことに切り替える。
「……って今は次の国立大に受かることを考えないとな。ことりの告白やさくらの計画に頭が行って『受験失敗しました』じゃシャレにならんからな。でも、もしそうなったら……さくらのことだ。今日の私大に受かってたとしても間違いなく俺を坊主頭にするな」
そう呟いて水瀬家へと歩くことにした。
〜おしまい〜
あとがき
菩提樹「どうも菩提樹です。次のお話で完結という予定でしたがバレンタインデーが近かったことと急にネタが思いつきましたのでもう一話お書きしました」
さくら「本当にいきなりだね。しかも、ボクまで登場させてるし」
菩提樹「あっ、さくらさんどうも」
さくら「どうもじゃないよ。このSSでは腹黒くと言うか策略家になってるし」
菩提樹「はい、しました。この2人の関係をコントロールできそうな人は貴女しかいないと思いましたから」
さくら「そう……。でも、次のお話で書くんだよね。まだ謎になってることについての答えを」
菩提樹「はい、書いていきます。ことりの告白に対しての祐一の答えとかさくらが一体何を考えてるかとか……。」
さくら「なら、いいけど。でも、このSSの白河さんって……やっぱ精神的に強くなってない?」
菩提樹「ええ、強くしました。純一に失恋した後ですから」
さくら「アニメ版みたいだね」
菩提樹「はい、ほぼアニメ版通りです。その期間は祐一が既にピアノをやめた後だったので、ことりも彼のことを一時的にですが忘れていた時期でしたからね」
さくら「表舞台に出ていないとやっぱ忘れられるものなんだね」
菩提樹「ええ、いつもそうとは限りませんが……。ということで今回は失礼します。後、JGJさんがリクエストされた初夢ネタは『D.C.PK』をプレイしてから書いてみます」
さくら「って、ちょっと待ってよ。祐一君が今回受けた私大って何処なの?」
菩提樹「知りたいですか?それでは、ヒント。条約改正に関わった総理大臣が造った大学です。それとことりと共に受験する国立大はこの下のおまけに書いて置いた受験の日に注目すれば分かります」
おまけ
さくらの電話から10分後、祐一は水瀬家に到着する。
(受験の為とは言えある意味黙って出て行ったことには変わりはないからみんな怒っているだろうな……。)
そう思って軽く溜め息をつく。
「まあ、いいや。入らない訳にはいかないから。ただいま〜!!」
そう言ってドアを開ける。その時だった。
ドドドドドドドドド!!
「祐一、何処行ってたんだぉ!!」
「うぐぅ、祐一君酷いよ」
「あぅ〜祐一の癖に勝手に出て行くなんて」
「えぅ〜、バレンタインデーに家にいない祐一さんなんて大っ嫌いです」
「……バレンタインデーにこの街にいなかった祐一……斬る!!」
「あはは〜バレンタインデーにいない祐一さんは倉田財閥総力を挙げて人間教育しないといけませんね〜!!」
「そうです、バレンタインデーにいなかった相沢さんは不出来な人です」
「確かに、女の子にとっての大切な日にこの街にいなかった相沢君は一度殴った方がいいわね。顔以外を……。」
この家の三人娘こと水瀬名雪、月宮あゆ、沢渡真琴に美坂姉妹こと美坂香里に美坂栞、祐一の先輩である川澄舞と倉田佐祐理、真琴の親友である天野美汐がやって来る。物凄い剣幕で。
そんな彼女達に祐一は溜め息を突く。
「何処行ってたって……書置き読まなかったのか?私大の受験で東京行くって書いておいたけど」
「ええ、確かにそう書いてありました。でも……バレンタインデーよりも受験を優先するなんて酷いと思わないのですか?」
栞が青筋を立てながら言う。だが、それだけで終わらない。
「そうだお。大学だったらこの家から通える大学でもいいんじゃないの?」
あゆもそう言って怒る。
「そう……。私達と一緒の大学に入る」
「あはは〜。何なら佐祐理がお父様に頼んで一緒の大学に通えるようにしてあげましょうか?まあ、その代償に祐一さんには倉田家の人間になってもらいますけど」
「倉田先輩……それは完全にズルです」
「確かに。プライドと言うものがないのかしら?」
明らかに親の権力を使って祐一を買収しようとしている佐祐理を美汐と香里はそう言って非難する。
「そうだぉ。でも、どうせなら私も……。」
「名雪も抜け目ない」
名雪は非難しながらもおこぼれに預かろうとし、そんな彼女を真琴は突っ込む。
「あはは〜何言ってやがりますか。このニート或いはワークングプア予備軍は」
こんな不毛な会話が祐一の前で祐一の前で続く。そして……
「もう勝手にやってろ……。お前等のことなんかもう知らん」
祐一はそう言うと必死で怒りを抑えながら二階の自室へと入っていった。
ちなみにこの八人の会話は次の日の朝まで続いた。又、あの後争いがあったのか水瀬家の玄関は戦場の如く滅茶苦茶になっていた。
だが、今回は幸か不幸か八人全員が屍の如く玄関で倒れていたので謎ジャムを逃れることはできた。
それから、一週間後……受けた私大の試験は祐一も工藤も合格していた。そのお祝いに工藤から「試験の時に世話になったお礼をしたいから初音島に来てくれないか」と誘われたが祐一は「3日後に国立の試験もあるから」と断った。
そして、3日後の2月25日……ことりと同じく第一志望である国立大の試験が始まる。