視界の中の景色から色が抜け落ちていく。
その現象は僕達四人がいる森の一角を覆い尽くした。
これも、魔法の効果の一つ。
僕が構成した足元の魔方陣を中心に発動している、結界魔法の一種だ。
名を封時結界といい、この効果範囲内の時間の流れを周囲からずらすことが出来る。
そうすることで普通の人は結界内の出来事を知ることができなくなるんだ。
僕が少しは得意な魔法で、以前なのはのサポートでよく使っていた魔法でもある。
「結界が完成しました。これで周りのことは気にしなくても大丈夫です」
僕は、目の前で対峙する二人に向かって言った。
一人はなのは。既に防護服は装着している。
もう一人が祐一さんで、こっちも同じく。
この状況は、さっきのなのはの言葉―――
“例のロスト・ロギア―――ユンカースを使って、私と戦ってくれませんか・・・?”
―――で引き起こされていた。
もちろん、なのはが言おうとしたのは全力の戦闘がしたいということじゃない。
でも、これだけで祐一さんが理解できるはずもなく、いきなりなお願いにだいぶあせっていたけど。
なのはがお願いしたかったこと・・・・・・それは、対ユンカース戦闘の訓練だ。
そんなことを考えた理由は、いくつかあるんだけど、今まで戦ったことのないタイプの相手だからというのが一番大きい。
なのはと僕が戦ってきた相手の攻撃手段は実際の打撃攻撃や魔力をそのまま使ったものばかり。
対してユンカースでの魔法は、僕達が知るだけでも盾や鎖など物質の具現化だったり、発光のような現象を引き起こすもの。
この違いは結構大きい。
今までは相手が使う魔力攻撃にそのまま対処すればよかったけど、今回はそうはいかない。
具現化した物質は物質として、現象は現象として対応していかないと予想外のダメージを受けてしまう。
実際にこの前のユンカースの一つ『light』との戦闘では、発光現象に反応できなくて目を眩ませられている。
その後の攻撃でなのはは気絶してしまい、あの時祐一さん達が来てくれなかったら危なかっただろう。
その経験から、なのはが足手まといになりたくないと思ったのも理由の一つ。
とにかく、あのお願いを聞いた祐一さんのあせった様子に慌ててなのはが事情を説明し、僕もフォローを入れて。
そうしたら祐一さんの方からも魔法の練習がしたいと言い出した。
そこで思い出したけど、僕達は祐一さんが魔法使いになってから数日しかたってないと聞いている。
となれば、実際に魔法を使った経験も少ないはず。
だから祐一さんも、魔法の扱いにしろ魔法使いとの戦闘にしろ練習をしたいと思ったんだろう。
これに納得したなのはも了承し、二人は今、魔法の訓練を始めようとしていた。
魔法青年 相沢祐一
10幕と11幕の間くらいのお話 その2
「じゃあ悪いんだが、俺の方から始めていいか? まだ全部のユンカースの能力を把握しきってないんだ」
「あ、はい。分かりました。では私は祐一さんの練習を見ていますね」
「ううむ、俺の練習なんか見てもあまり役に立たないと思うが・・・」
「そんなことないです、十分勉強になりますから。私のことは気にしないでいいですよ」
「・・・そう言うんなら、オッケ。んじゃ少し勝手にやらせてもらうな」
「はい」
俺との話を終えたなのはちゃんは、邪魔にならないようにと少し離れる。
場所はさっきの所から少し離れた、多少開けている場所。
話が決まってから訓練用にと俺が案内したのだ。
フィアとユーノ君も既に離れているので、彼女達に魔法を当てるような心配はしなくていい。
準備が整い、まず俺は持っているユンカースのことを考える。
現在手元にあるのは全部で九つ。
『claw』に始まり、名雪達にとりついていた『wing』『fire』『sword』『ice』『speed』、
そしてこの前封印した『light』に、なのはちゃんから預かった『shild』『chain』。
『claw』と『wing』、『fire』の三つは実際に使ったことがあるが、それ以外はない。
しかも預かった二つに関しては発動したところを見たことすらない。
まあ名前からある程度予想は出来るが、一度自分で使ってみたほうがいいだろう。
なのはちゃんと訓練するにしても、俺自身が何ができるか把握していなきゃ問題外だろうからな。
「とりあえず片っ端からやってみるか。最初は・・・『sword』!」
どうせ全部やるなら順番を考える必要もないと思った俺は、適当に選んだユンカース発動の呪文を口に出す。
舞が使ってた時は剣が現れていたが、やはり俺が発動しても同じのようで、杖を持っていない方の手の中に剣が生まれた。
「よ・・・っと」
俺は杖を背中に括りつけると、現れた剣を両手持ち、振り回す。
無論実際の剣を扱うことなど初めてだが、舞と共に魔物と戦った経験からかそれなりに振るうことが出来る。
剣自体が比較的軽いこともあり、すぐに慣れてだいぶ自由に扱えるようになった。
「よし。じゃあ次は・・・・・・」
しばらく俺はそうして、ユンカースの効果を確認していった。
『shild』、『chain』はそれぞれ盾と鎖を具現化し、『speed』では速度を変えられる。
『light』は目くらましの光の他にも、電撃を放つことが出来るようだ。
そして最後の『ice』だが、聞いていたフィオの戦闘内容から想像していた通り、効果の種類が多い。
基本は氷を作ることなのだが、そこからいくつも派生させることができるためだ。
単純に氷の塊をぶつけるだけでなく、細かい粒にしてマシンガンのように放つことや氷の雨の発生。
または足場を凍らせたりツララを地面から生やして壁にしたり、巨大な氷塊を作って相手の上から落とすこともできる。
実にバリエーション豊富で、同時にこれらを使いこなすのは難しいことだろう。
そういう意味での練習は必要だが、ひとまず効果だけは大体確認し終わった。
あまり待たせても悪いと思い、ここで俺はなのはちゃんを呼ぼうとする。
だが、その前に一段落着いたのに気付いたようでこちらに歩いてきていた。
「やっぱり、効果は個別に違うんですね」
「ああ、そうみたいだな。で、とりあえず確認はこれで終わりだ」
「そうみたいですね」
近くまで来たなのはちゃんと言葉を交わす。
さてと、次はなのはちゃんの練習に協力すべきだろう。
最初にお願いされたのは俺なのに一人でずっとやってたからな。
「じゃ、なのはちゃんと付き合うよ」
「つ、付き合うっ!?」
ん? 何故かなのはちゃんの顔が赤くなったが・・・俺、妙なこと言ったか?
あ、「と」じゃなくて「に」だったかも。
でも赤くなった理由が分からんのだが・・・。
「△*$¥◇#%@!!!」
どこかから聞こえる謎の奇声。
その方向に視線を向けると、何故か暴れるフィアをユーノ君が抑えていた。
・・・・・・何やってんだ、フィアのやつ。
もしかして俺の発言ミスに気付いたとか? この距離で?
「あー、うー、そうだよね。自覚はしてないんだよね―――うん」
「ええと、なのはちゃん?」
「い、いえ何でもないですっ! それより私の訓練を手伝ってくれるんですよね? 早く始めましょう!」
「ああ・・・けど、具合が悪いんなら今じゃなくてもいいんだぞ。顔赤かったし」
「だ、大丈夫です、気にしないで下さいっ!」
「それならいいが・・・」
なのはちゃんはかなり慌てて喋り切ると、魔法を使うためか少し距離を離す。
一応体調を心配して言ったんだが、まあ、具合が悪くないってんならそれでいい。
それでいいんだが―――何で慌ててたんだ?
疑問が残るが、仕方ない。
練習を始めるんだから余計なことを考えるのはやめておこう。
「――ええと、まず、どれくらいの威力があるか確かめてみたいので、私にユンカース一つで全力の攻撃を撃ってくれませんか」
「全力って、大丈夫なのか!?」
「はい。この前ちょっと見ましたし、多分大丈夫だと思います」
もう落ち着いたらしいなのはちゃんの声を聞き、今度は別の意味で心配になる。
だが、考えてみれば魔法使いとしてはなのはちゃんの方が先輩なのだ。
それで大丈夫と言うからには、大丈夫なんだろう。
そう思うことにし俺は、一番使ったことの多いユンカースを選ぶ。
「じゃあ、いくぞ! 『fire』!!」
言われたとおり全力で魔力を込めて、魔法を発動する。
現れたのは、特大の炎球。
それをなのはちゃんの方に向かわせようとしたところで、俺は聞き覚えのある電子音声を耳にした。
―――『プロテクション』―――恐らくそんな感じの内容だ。
気になってなのはちゃんに目を向けると、彼女の周囲に薄い膜のようなものが見える。
と同時に、声の主を理解した。
なのはちゃんの持つ杖―――レイジングハートのものだ。
今のは防御魔法を使うときの音声だろう。
俺が考えをまとめていると、なのはちゃんはさらに杖を持っていない右手を前方に突き出し、
『Round shield』
という電子音声とともに魔方陣を展開した。
恐らくあれも防御魔法。
さっきのと合わせて二重の防御壁、ということなのだろう。
なるほど、これは突破できそうにない。
俺はなのはちゃんを傷つける心配はないだろうと、空中にあったままの炎球を撃ち出した。
突き進む、炎の塊。
それは数秒でなのはちゃんの元へと達し、展開された魔方陣と衝突する。
そのまませめぎ合いを始めるが、それも長くはもたなかった。
爆音と共に散る炎球。
結果を言えば―――全力のつもりで撃った炎球は、一枚目の防御壁である魔方陣さえ突破できていなかった。
ううむ・・・・・・自信があったとか言うわけじゃないが、ああも簡単に防がれるとは。
なのはちゃんの魔法防御力はかなり高いみたいだな。
そんなことを考えていた俺に、なのはちゃんが次に何をするか話してきた。
「確か二つのユンカースを合わせた魔法がありましたよね? 今度はそれをお願いできますか?」
「ああ、分かった」
「それから、次は私も防御魔法じゃなくて攻撃魔法で防ごうと思うんです。
威力を調節するつもりなんですけど・・・一応、魔法を発動したら祐一さんは離れてくれませんか?」
「ん、了解」
俺はやはりなのはちゃんの身の危険を心配してしまうが、余計な心配だとすぐに思い直す。
この前のユンカース封印の時に、なのはちゃんの攻撃魔法の威力は見ているからだ。
『Shooting Mode -Set up-』
さらに距離を離したなのはちゃんは、レイジングハートを遠距離射撃モードに変形させる。
そしてその先端部に魔力がたまっていくのを見て、俺も魔法の準備を始めた。
二つのユンカースの同時使用魔法―――それは、あれに決まっている。
「『fire』、」
起動呪文により一つ目のユンカースが発動し、俺の持つ杖が炎で包まれる。
見れば、なのはちゃんはチャージを終えたようですぐにでも撃てる体勢だった。
ならば、と、俺は呪文の続きを唱える。
「『wing』! 二つの魔石の力を融合し今、新たな魔法として生まれ変われ、『アカシックバスター』!!」
掛け声と共に、二つ目の魔法で羽が生えて火の鳥と化した杖を、俺は全力で放り投げた。
「レイジングハート!」
『Divine buster』
同時に、なのはちゃんも魔力を放出する。
急いでその場を離れた俺の視界では、予想通りアカシックバスターとなのはちゃんの魔力砲が激突していた。
そこから生まれる衝撃はかなりのもので、離れておいて正解だったようだ。
響き渡る、衝突音。
拮抗する、二つのエネルギー。
だが、ずっと魔力供給ができるなのはちゃんと違い、アカシックバスターの魔力は俺が発動時につぎ込んだものだけだ。
『wing』の効果で落ちることはないが、それも時間の問題。
威力に関しても長く続くはずもなく、だんだんと杖を包む炎が弱まっていく。
それでも、拮抗は崩れない。
なのはちゃんが魔力砲の威力を調整をしているからだろう。
その状態が少しの間続き、アカシックバスターの威力もだいぶ落ちてくる。
そんな時、なのはちゃんは突如攻撃をやめた。
対してアカシックバスターには多少前に進む力が残っていてなのはちゃんへと突き進む。
って、大丈夫なのかっ!?
『Round shield』
だが、俺が心配して動こうとする前に、なのはちゃんの前に防御魔方陣が現れる。
そして杖はその防御壁にあたり、程なくして完全に魔力がなくなって落下した。
「ふぅっ、こんな感じですね」
すぐに駆け寄る俺に、なのはちゃんは杖を拾って渡してくれる。
その様子ではほとんど疲れたようには見えない。
・・・・・・なんと言うか、すごいな、なのはちゃんは。
これが経験の差、ってやつなのか・・・・・・。
もし全力で戦ったら、とても勝てそうじゃない。
だけど―――
―――訓練の相手としてならば、願ってもないことだ。
フィアを手伝うって決めた以上、途中で止めるわけにはいかない。
一度決めたことは最後まで遣り通すのが俺の主義だ。
ここで引き下がれって言われても無理な話。
それを成し遂げるには実力不足というなら、特訓あるのみだ。
さし当たっては―――
「とりあえず私はこれでいいです。次は私が祐一さんに協力する番ですよね。どうしますか?」
―――習うより慣れろ。なのはちゃんに手伝ってもらうことにしよう。
「だったら、俺と戦ってくれないか?」
そして俺は、ついさっき自分が聞いた言葉を、文字通りの意味を込めて発した。
あとがき
「付き合う」
@<だれト―>(利害関係は二の次にして)互いに行き来したりして、親しい間柄を保つ。
A<だれト―/だれニ―>社交上の理由や義理から、他人と行動を共にする。
引用・新明解国語辞典
というわけで、今回はAの意味で<だれニ―>と考えた祐一君は発言ミスと言ってます。
さてさて、いまだ戦闘に入らないその2でした。
なのはがだいぶ強そうに見えますが、実際私の中ではかなり強く脚色されているのでご注意下さい。
間違いなく次のその3ではさらに強く書かれますので。
「リリカルなのは」を知らない方だともしかしたら分からないかも、と思い明記しておくと、冒頭はユーノの一人称です。
なのはの心情を説明できるキャラの中でなのはよりユーノの方が話させやすかったので、彼の登場となりました。
では、次がラスト、その3へと続きます。